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人魚姫

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人魚姫

27 - 妹

♥

48

2025年10月16日

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「セシルお姉様」

ミスティに呼び止められ、セシルは肩越しに振り向く。

「ルーシャンは、まだ見つかりませんの?」

不安で身を縮めるミスティ。普段は謎めいた雰囲気を持つ次妹だから、その姿は本当に痛ましい。

「大丈夫よ」

セシルは年長者として安心させるため、柔らかな表情をし、ミスティの肩を抱いた。

「必ず戻ってくるわ。

ルーシャンは後先考えず行動することがよくあるけれど、ちゃんと戻ってきていたでしょう?

今回も、大丈夫よ」

国中がルーシャンを想っている。ルーシャンがすることにいつも口を出していたのは、すべてルーシャンを心配してのことだけど、それが却ってルーシャンには煩わしさになっていた。

ルーシャンの跳ねっ返りな行動の原因はそこにあり、皆を悩ませる結果となっている。

だが、ルーシャンを叱り注意することはあっても、嫌いになることはない。

無事に戻ってきて…と、誰もが願う。

(しかし、無事とはいかない。あの子は“声”を失ってしまったのだから…

皆、それを嘆くかしら…きっと、嘆くわね)

セシルは微苦笑を洩らした。

人魚たちは親身になって、面倒を見てくれる。

(…生きていてくれるだけで、幸せなんだわ。

失ったのは“声”だけだから、生活には困らないもの…)

ミスティが、うっすらと浮いていた泪を指先で拭い、もう平気だということを示すように頬を和ませた。

「そうですわね。ごめんなさい、皆が辛いのに、わたくしったら…」

恥ずかしそうに俯く。

セシルはミスティの頬を撫で、

「きっと疲れているのよ。少し休むといいわ…アレイスも」

アレイスの肩を軽く叩いた。

「私はお父様に用があるから」

「はい。セシルお姉様も、無理はなさらないで下さい」

アレイスが律義に頭を下げたので、セシルはクスクス苦笑する。

妹たちと別れ、回廊を進んだ。

やがて、人気が失せ、王宮の中でも静かな場所に出る。

王宮の最奥、真赭しんしゃの扉は、謁見の間の扉よりはこぢんまりとしていた。

それは、追憶の間への扉。

追憶の間には、代々の王たちが眠っている。それぞれ、絵の中であったり、像の中であったり…

ぐるりと丸天井の部屋を見渡していて、ふと突き当たりの白壁が細く割れているのに気付く。

「…何、かしら…?」

一筋の光をなぞっていくと、白壁の切れ目が広がった。

セシルは目を瞠り、白壁の向こうに現れたもうひとつの部屋を見る。

半楕円形のそこは、天井が遥か上にあった。そして、何も知らない魚だけが通ることを許される、細く長い窓がひとつだけ。

「お父様…」

部屋の中央に、父である、この国の王がいる。

緩慢に振り向いた父王は、理知的な容貌をしていた。ブロンドの長い髪は、それを引き立てるように波打っている。セシルとアレイスはこの父王に似ていた。

珊瑚や貝で織られた衣に覆われた身体は、がっしりと逞しい。

額には藍玉アクアマリンのサークレット。藍玉アクアマリンは、王の証である。右手には、身の丈もある巻き貝の杖ロッド。

「…セシル」

低く流れる声が、腹に響く。

「このような場所があると、私は存じませんでした」

セシルは父王が持つ威厳に圧され、肩を強張らせた。

「ここは、王位を継いだ者しか知らぬ」

「ここは…それは、何ですか?」

父王の背後にあるモノが気になって仕方がない。

純白の像──何かを祈るように瞳を閉ざした人魚。真っ直ぐな髪は清らかで、高貴な美貌に反して唇は苺の如く愛らしい。人魚からは、白いイメージしか伝わってこない。

父王は半身を返し、像を見た。

「…これは、悲劇。人魚が犯してしまった罪のカタチ」

「罪…?」

その言葉の響きが、セシルを困惑させる。

「十一代目国王が御代の時、人間の世界では終戦してまもなく三年が経とうとしていた…」

と、娘に視線を戻し、双眸を細くした。

「この時代、人間の世界がどのように荒れていたかは…知っているな?」

セシルは黙って首肯する。

「人間達は、我等を物のように扱った。人間に捕らえられ、命を落とした者は数え切れぬ…

その頃から、交流は途絶えがちになった」

父王はひとつ瞬き、また像を見た。

「そうして、願ってしまった…人間に劣らぬチカラを。これ以上の死者を出さぬ為に…

その願いの下に生まれたのが、この者…」

「チカラ…」

無意識的に呟くセシル。

「…“声”…」

海に立つ謎の人が、眼裏を掠めた。謎の人は、ただ不気味な微笑を湛えている。


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