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「うぷっ……!?」
勢いに任せて声のする方に飛び込んだはいいが、何やら息が苦しい状態だ。歪んだ空間からは脱することが出来たものの、目の前が真っ暗でよく見えない。
手探りで何かに触れようと試みるも、何かに強く押さえつけられているのか手が動かせない。
考えられるのはサンフィアに飛び込んで、どこか良くない所に触れてしまっての拘束。聞こえてきた二色の声は、怒りに満ちたものと悦《よろこ》びに溢れたものだ。
「お、おのれ……! 我の男を奪い、そのうえ占有の意思を我が前で示すというのか!!」
何だか穏やかじゃなく、今にも戦いに発展しそうな声色に聞こえる。考えられた彼女では無いということは、全身に感じる柔らかな感触の正体はおそらく。
「フニャン~……フニャウゥ~。アックが来たのだ、アックが飛び込んで来たのだ~」
「シ、シーニャ! うぷぷぷ……」
「フニャァァ~くすぐったいのだ!」
どうやらいつの間にかシーニャが近くにいて、サンフィアよりも先に受け止めてくれたようだ。この子のどこに顔をうずめているかは分からないが、嫌がるどころか悦んでいるならいいか。
「ええい、アックを離せ、虎人《こじん》族め!」
シーニャの柔らかな感触にひたっていたら、おれの体は彼女から引き離されていた。どうやらサンフィアの怒りが限界に達したらしい。
「フウゥ! 嫌なのだ。アックはシーニャのアックなのだ! エルフのアックじゃないのだ!!」
「ちいぃっ! やはり獣人でも虎人族とは相容れないか。我が夫を奪うのなら、今ここで――」
やっぱりこうなるのか。サンフィアにはきちんと話すべきだと思っていたのに。話し合いを遅らせてしまったのが良くなかったか。
「待てっ! サンフィア、それとシーニャも戦闘態勢から解け!」
シーニャから解放されたことで声を張り上げることが出来たが、おれの声は届いてもいない。
「くくく。兄はここからいなくなり、自由に動ける身となれた。さらに何も無き地と化した。ここで虎人族を狩るのも悪くない……」
「アックはシーニャのあるじ! エルフごときに渡さないのだ」
――しかし、二人の昂《たか》ぶりは収まりそうにない。だが白の魔導士ニーヴェアの言った通り、祭壇も集落跡も消えていることは好都合。
ここは厳しくいかなければ。
本意では無いが、二人には大いに反省してもらうとする。
「シーニャ! サンフィア・エイシェン! 静まれ!! 動きを止めなければ、お前たちを封じる!」
封じるといっても、魔法詠唱不可にした上で一定の間だけ体の自由を奪う程度の拘束魔法に過ぎない。
シーニャは回復魔法だけだがサンフィアには幻影魔法がある。それを使われたら厄介だ。
「ウ、ウニャ……アック、怒っているのだ? でもシーニャ、エルフを許せないのだ!」
「ぬぅぅ! 虎人族だけでなく、我も封じるというのか!? いかに我が夫といえども、キサマに従う訳には――……!?」
「ウニャニャ!?」
どちらも相当に興奮している。やむを得ないが二人には麻痺状態になってもらいつつ、ついでに熱を冷やしてもらう。
「ウギャニャァァァ!? つ、冷たくて動けないのだ……」
「……ぬぐぅぅ、う、動けない……だと」
「ハイドロ・パラリシスだ。頭を冷やし、ついでにそこで反省をしてくれ!」
しばらくして、初めてサンフィアに事情を話すことが出来た。冷静になった彼女はようやく納得する。
「……すまなかった。我の思いが至らなかった」
「理解してもらえたようで何よりだ」
「我よりもずっと前にドワーフとも契っていたなど……そうだったのだな……」
「失望したか? もしそうなら、エルフや他の獣人ともども――」
「何を言うか! 他にどれほどの契り者がいようとも、我はキサマと契りを交わしたのだ! 我はキサマと共にゆくぞ」
「あぁ、それで頼むぞ」
サンフィアに関しての心配を失くすことが出来た。後の問題はすっかり落ち込んで虎耳をへたり込ませている彼女だけだ。
「シーニャ、ダメダメなのだ……ウニャ……」
「は、反省してくれたなら問題無いんだぞ? だからそこまで落ち込む必要は……」
「どうすればいいのだ? シーニャ、アックに謝りきれないのだ……ウニャゥ」
「う、う~ん……」
ここまで彼女に落ち込ませてしまうとは。こういう時にミルシェがいてくれたら……。
「――アック! ならば、今一度我と虎人とで森人の誓いを果たせ! そうすれば我も虎人も咎むことは無くなるはずだ」
「森人の誓い? それはつまり……」
「今ここで我と虎娘に契りを交わせ! 早くしろ!」
すでにエルフの集落は消え、ここは祭壇も無い生い茂りの森に過ぎない。シーニャの調子を取り戻す為でもあるし、そうするしか無さそうだ。サンフィア、そしてシーニャにそれぞれ近づき、契りの行為を果たした。
「む、むぅ……我だけの夫では無くなるが、うぬぼれるな、アック!」
「ああ、もちろんだ」
「フニャウ~……は、初めてされたのだ……」
「そ、そうだったか?」
あまり見ないシーニャの赤ら顔と、照れる仕草は何とも気恥ずかしくなる。しかしこれでエルフと獣人とのわだかまりは解消されそうだ。
「シーニャ、もっともっとアックのために強くなるのだ!! ウニャッ!」