(まって、皇宮からの使者って!?)
最悪のタイミングである。
私にとっても、アルベドとラヴァインにとっても、ダズリング伯爵家にとっても。皆最悪の状況だった。
皇宮からの使者と言うことは、多分皇帝陛下部下とかそういう方だろうし、なんでこのタイミングで、そんな使者が来るかも分からない。エトワール・ヴィアラッテアは私達を監視しているのではないかという疑惑さえ出てくる。
(それは良いとしても、隠れなきゃ……)
「なーに隠れようとしてんの、エトワール」
「隠れようって、隠れないと危ないじゃない」
「どうせ見つかるよ。一応、皇宮からの使者ってことは、それなりの魔道士が来るってことじゃない。だから、隠れたところで、すぐに見つかるよ」
「じゃ、じゃあどうすれば」
ドンドン、と、叩かれる扉。それが余計に焦らせてきて、私の思考はまたもショートしかける。何処に隠れても無駄だと言いたいのだ。
「エトワール様」
「ヒカリっ」
どうすればいいの、と聞き返そうとしたとき、後ろから口を塞がれた。私の口を塞いだのは、アルベドで、騒ぐなと言わんばかりに、しーと耳元で囁く。
「まあ、ぴーちくぱーちく騒いでも仕方ねえだろ。つか、魔力が回復したんだ、ダズリング伯爵家から抜け出すことは容易だぜ」
「もごもご……っ、ぷはっ、転移魔法……ってこと?」
「そう言うことだな」
アルベドはニヤリと笑う。これはもう、完全に回復したんだなって分かってちょっと安心した。でも、いつも通りのアルベドだから、またぶっ飛んだことするんじゃない勝手言うそういう心配もあって。
「ヒカリ、ごめん。こっちで、転移魔法使うから、その間だけ、時間稼いで!」
「は、はい!できる限り、お手伝いさせていただきますっ」
扉越しに、私はヒカリにとあることを要求した。それは、この辺り一帯に防御魔法をかけて欲しいということ。じゃなきゃ、私達が転移魔法を使ったっていう痕跡が残ってしまうから。ヒカリほどの魔道士なら、私達の魔力の痕跡を消すことくらい出来るだろうって。
ヒカリへの通達もすんで、私はアルベドの元に戻る。アルベドは、私の前まで来て、転移魔法を唱える……かと思いきや、ラヴァインの方を見た。
「ラヴィ……は、行かないの?」
「逃がすのが先かなあ。別に、俺は後からでもどうにでもなるし。先にいきなよ。てか、先にいかせる」
と、ラヴァインは笑うと、詠唱を唱えた。私達の足下に、紅蓮の魔方陣が浮かび、私達の身体を包んでいく。
ラヴァインは一人で逃げること出来るだろうし、心配ないけれど、またここで、お別れなのか……と思うと寂しいというか、悲しいというか。
自分の手の輪郭が薄れていくのを感じながら、私はラヴァインに手を伸ばした。
「ラヴィ!」
「エトワール?」
「あいに来て」
「え?」
一瞬だけ、魔法の流れが遅くなる。引き止めるとか、言葉とかいらないけれど、でも、言いたかったのだ。本物のラヴァインにあうの、久しぶりだったから……だから。
「あいに来て。絶対に、あいに来てね」
「……いつかね」
シュンと光の粒子になって転移が完了する前見たラヴァインの顔は、幼い子供のような顔だった。
あの後ちゃんとラヴァインが逃げ出せたのか、ダズリング伯爵家には問題がなかったかとか色々気になったけど、今気にすべきは自分の保身だと、私は転移の瞬間、ラヴァインの笑顔を見た後気持ちを切り替えた。ずっと、くよくよしていても仕方ないから。前に進まないといけないから。
「――っと……」
「無事転移出来たようだな。つか、何処に彼奴飛ばしやがった?」
「……」
「エトワール?」
「えっ、何?私の顔に何かついてたりした?とか……」
転移した場所は、またよく分からない森の中だった。でも、心なしか、寒いし、暗い。一体、何処に飛ばされたのだろうかと思って辺りを見渡してみたが、目印になるものは何もなかった。また森の中。
さすがに、もうモグラが出てくることはないだろうから、そこは安心できるんだけど、どういう意図を持ってラヴァインがここに私達を飛ばしたのか気になって仕方がない。まあ、本人に聞くことはもう出来ないだろうけど。
「つか、エトワール……最後のあれ、何だったんだよ」
「あれって何よ……ああ、『あいに来て』って奴?」
「お前、また男引っかけて……」
「言い方よ!言い方考えなさいよ!」
私は思わず指を指してアルベドに対して怒鳴ってしまった。アルベドは、また耳を塞いで口を曲げていたが、確かに、いきなりあんなこと言って、それでラヴァインは納得した感じで、今度はアルベドが蚊帳の外でってなったら、まあ怒るかも知れない。さすがのアルベドも、意味が分からないか、と私も私で納得してしまった。
説明を求めている彼に、私はどうしようかなあ、答えるべきかなあ、何てもったいぶっていれば、アルベドが拗ねたように顔を逸らしてしまう。
「冗談だって教えれば良いんでしょ?」
「別に」
「アンタの弟……ラヴィはさ、よく私に会いに来てくれていたの。って、何かこの言い方変だよね!訂正」
自分でいっていても、よく分からなくなって私は思わず首を横に振った。さすがのアルベドも、確かにその言い方じゃ……という顔をしていた。勿論、私がそんなこと言おうとしているわけじゃないって分かってくれていたみたいだけど。
「ラヴィが敵だったときも、ラヴィからあいに来てくれていたというか。勝手に私の所に来て、引っかき回してどっかに行くみたいな。何だろう……犬みたいな感じ」
「それって悪口か?」
「違うわよ」
「つか、お前の周り犬が多すぎねえか」
「犬って誰のこと言ってるのよ」
「お前の所の護衛騎士だった奴二人」
と、アルベドは冷ややかな目で言ってきた。犬……といわれたら、何か違う気がするけど、犬系ではある。グランツとアルバは確かに犬っぽくて可愛かった。懐いてくれていた……し(これも言い方があれだなあとは思うけど)
「ああ、でも、あの第二王子は狂犬だったな」
「ま、全くよ……てか、話それてるじゃない!」
確かにグランツは狂犬というかなんかだったけど……
アルベドが、話を逸らしたせいでまたややこしくなってしまったと。本人の自覚があるのかないのかで、話は変わってくるけど、またそれも置いておいて。
「それで、意味分かった?」
「何となく……な」
「アンタも、すましているように見えて、本当は気にしてるんでしょ。ラヴィのこと」
「……」
「見てれば分かる」
私は、そう言って微笑みかけた。アルベドは何も言わなかったけれど、無言は肯定ととるとして、私は、アルベドの手を握った。体温の戻ったその手を握っていると安心する。
「私、もう逃げないから」
「……」
「ありがとう。だから、もう無茶しないで。私にも言って、頼って。一人で何でもしようとしないで。約束して」
「約束破ったらどうなるんだよ」
と、アルベドは珍しく聞いてきた。
約束を破ったらどうなるか。そこまでは考えていなかったけれど、もしかして、破るつもりでいるのだろうか。約束って破るためにあるとか言っていた人もいたし……いや、絶対ダメなんだけど。それじゃあ、約束の意味がないから。
私は悩む素振りを見せて、ひらめいた、というようにもう一度強く彼の手を握った。ピクリと、アルベドの指先が動いてゆっくりとその満月の瞳を私に向ける。少しだけ、不安が見えた気がして、私は瞬きする。もうその時には、彼の瞳にはいつもの自信があったけど。
「約束は、破らないためにあるの」
「どーだか。口約束だろ?」
「破る気満々の言い方ね……じゃあ、破ったらアンタと一生口利かない」
「……っ」
「って、軽いか。こんなんじゃ」
「いや、それは困る」
「へ?」
「だから、困るって言ってんだろ。つか、前も……ああ、もう分かった。破らねえ。ちゃんとお前を頼るし、お前のこと……信用する。無茶しねえ」
「よろしい」
じゃあ、約束ね、と私が小指を出せば、耳を赤くしたアルベドは、小さく舌打ちを鳴らし、私よりも幾分か細くて長い小指を絡ませた。
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