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#ご本人様には関係ありません
菊池川詠人
1,712
翌日の夜、晶子が塾を出ると、カンナが交差点の向こうからやって来た。梅雨に入っていて、気づくかどうかの霧雨が小雨に変わった。
傘をさして駅までの道を並んで歩きながら、晶子は機能の部活の先輩の言葉を思い出していた。
不意にカンナがあっと声を上げて晶子に言う。
「あ、思い出した。晶子、今度の日曜に一緒に買い物に行くって話、悪いけど行けなくなっちまった」
「急用でも出来た?」
「いや、実は今月、金がなくなっちまってさ」
「さては、なんか無駄遣いでもしたな?」
「いや、そうじゃなくてさ」
カンナは珍しく深刻な表情で答える。
「今月のバイトの給料、ほとんど家の生活費に回さないといけなくなったんだ」
晶子は心底驚いて、一瞬言葉を失った。おそるおそるカンナに訊く。
「カンナがご両親にお金渡してるの? だってカンナが自分で働いてもらったお給料じゃない」
「ほら、ここんとこ毎日雨じゃん。父ちゃんが働いてる工事現場の作業がストップしてんだよ。特に鳶職の仕事は雨の最中は危険だからな」
「あ! お父さんが仕事出来ないんだ」
「そういう事。うちの父ちゃん日雇いじゃん。する事ねえから昼間っからビール飲んでゴロゴロしてる。母ちゃんのパートの給料だけじゃやっていけねえしさ」
「あの一口馬主のお金はどうなったの?」
「あの馬なら引退したよ、とっくに。競馬の競走馬は寿命が短いんだ。ま、そこそこ金は入ったけどさ。いつまでも運よく行くもんじゃねえから、今は馬主はやってない。あたいもバイトで稼げるようになったしな」
晶子の足が止まった。晶子の頭の中で、今頃になってようやく、部活の先輩への反論がはっきり言葉になり始めた。
カンナは可哀そうな子なんかじゃない。むしろ自分たちより立派なんだ。もしカンナと知り合わなかったら、自分もあの先輩のように、世の中の事を何も知らない、無知な人間になっていたかもしれない。
数歩先に進んでいたカンナが、晶子が付いて来ていない事に気づいて、戻って来た。
「どうかしたか? 晶子」
晶子は何事もない、という表情を作って答える。
「ううん、何でもない。カンナって偉いね。あたしと同じ年なのに」
「別に偉かねえよ。親ガチャでハズレ引いた奴の運命だ。あたいなんかまだいい方だぜ。バイトの給料毎回全部親に取り上げられてるにいちゃんやおねえさんたち、近所に結構いるからな」
「ええ! そうなんだ」
「昔の人は上手い俳句作ったもんだよな。『日雇い殺すにゃ刃物は要らぬ、雨の三日も降ればいい』ってね」
「なんかグサッとくるね、それ。あ、ただね、カンナ」
「ん?」
「それ、俳句じゃないと思うよ。俳句って五七五だから」
カンナは首を傾げて右手の指を折ったり立てたりした。
「ん? あれ、本当だ。ま、いいじゃねえか、細かい事は」
晶子はぷっと吹き出し、カンナの方へ一歩分だけ近づいた。
「カンナ、ずっと友達だからね」
「はあ? 何だよ急に?」
「何でもいいの。さ、早く駅行こう。電車来ちゃうよ」
コメント
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読了。晶子の中で「カンナ=可哀そうな子」という先輩の見方が崩れて、代わりに「カンナ=立派な人」が立ち上がる瞬間、すごく好きだなあ。日雇いの家計の話を「親ガチャのハズレ」と軽く返すカンナの強さと、それでも「ずっと友達」と言える晶子の距離感。あと「俳句じゃないよ」のツッコミで笑わせてくれるのもカンナらしい。