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第13話、すごく良かったです……「割符」がちゃんと空気の中で動き出す瞬間、鳥肌立ちました。老婆が「偽物は作れんか」って聞くところで、この世界のリアルな手触りが一気に伝わってきて。木一本で「後で」を作る発想、まさに物語の小さな革命だなって。要が瑠衣に「速いだけのものは速く壊れる」って返す台詞、心に残りました。つむぎが顔の台帳になるのも、すごく優しいなって。三人のノート、ちゃんと書き写す光景が目に浮かびます。続き、すごく楽しみです🌙
老婆は、割れた木の半分を、長い間、手の中で見ていた。
「これが、何になる」
「約束です」要は言った。「お孫さんの熱が下がったら、米を三キロ、追加でください。そのとき、僕が持ってる半分と、おばあさんが持ってる半分を、合わせる。割れ目が合えば、約束は本物です」
「あんたは、明日には次の村だろう」
「はい。だから、僕が来られないときは、誰かに、この半分を渡します。その誰かが、おばあさんのところに来て、合わせる」
老婆は、眉をひそめた。
「知らん人間に、米を渡せと」
「知らない人間が、持ってるのは、僕の半分です。木目が合えば、それは僕の半分だ。僕のことは、知らなくていい。木が、知ってる」
老婆は、もう一度、木を見た。割れ目のぎざぎざ。木目の筋。
「……偽物は、作れんか」
「作れません。同じ木目は、二つとない。作るなら、この木そのものを盗むしかない。そしたら、僕の半分がなくなる。合わせられない」
老婆は、黙っていた。周りに、何人かが集まっていた。空き地の交換は止まり、皆が、割れた木を見ていた。
「江戸の、商人がやってたんです」要は言った。「紙も、金も、信じられなかった時代に」
老婆は、半分を、懐にしまった。
「熱が下がれば、な」
「下がれば」
一時間後、空き地で、二つ目の割符が割られた。
要が割ったのではなかった。薪を売っていた中年の男が、靴を欲しがっている若い女に、割ったのだ。靴は、今渡す。薪は、来週、女の家に届ける。木に、それを刻んで、割った。
男は、割符の片方を女に渡しながら、要を見た。
「これで、いいのか」
「はい」要は言った。「名前と、日付と、約束の中身。それだけ刻んで、割る。あとは、合わせるときまで、なくさないこと」
「なくしたら」
「約束も、なくなります。だから、なくさない」
男は、うなずいた。
三つ目は、夕方だった。四つ目は、その直後。
要は、空き地の端に座って、それを見ていた。
一日の始まりには、この空き地には「今」しかなかった。物と物を、その場で、交換するしかなかった。夕方には、「後で」ができていた。薪は来週。米は熱が下がったら。靴は今。卵は、明後日。
「後で」が、できると、何が変わるか。
要は、頭の中で、それを追った。
後で払える、ということは、今、手元に物がなくても、取引ができる、ということだ。薪を持っていない人間が、薪を約束できる。それは、信用だ。小さな、木でできた、信用。
信用があると、取引が増える。取引が増えると、物が動く。物が動くと、皆が、少しだけ、食える。
木一本で。
瑠衣が、隣に座った。
「あれ、ハックできないな」
「できない」
「ゼロが、あの木を千二十四本に増やしても、木目が違う。合わない」
「合わない」
「……なんか、悔しい」瑠衣は言った。「おれ、十年、画面の中で生きてきた。画面の中の方が、正しいと思ってた。木の方が強いなんて」
要は、瑠衣を見た。
「画面の中が、間違ってたわけじゃない。速かっただけだ。速いものは、速く壊れる。それだけだ」
一ノ瀬の言葉を、そのまま繰り返した。
夜。集落の集会所に、泊めてもらった。
つむぎは、昼間に空き地にいた人間の顔を、全部覚えていた。四十一人。名前も、半分は聞いていた。割符を割った八組の、両方の顔も。
「万が一、割符をなくした人がいたら」つむぎは言った。「私が、覚えてる。誰と誰が、何を約束したか」
「それ、台帳だ」要は言った。
「私が?」
「君の頭が。割符が、木の台帳なら、君は、顔の台帳だ」
つむぎは、少し笑った。
要は、三冊のノートを開いた。今日、この空き地で、八組の割符が割られた。日付。名前。約束。それを、三冊に書いた。つむぎが読み上げ、要が書き、瑠衣が、端末ではなく、ペンで、三冊目を書いた。
「なんで、おれが」
「三人目が、要る」
瑠衣は、文句を言いながら、書いた。字は、汚かった。でも、書いた。
集会所の窓から、月が見えた。
老婆の孫の熱は、まだ下がっていないという。要の割符の半分は、荷物の中にあった。合わせられるのは、いつか、誰かが、ここに戻ってきたときだ。
それでいい、と要は思った。合わせられるかどうかは、わからない。でも、合わせられる可能性が、木の中に、残っている。
「後で」は、作れる。
要は、ノートの隅に、小さく書いた。
『信用ロードマップ。一、顔。二、三冊の台帳。三、割符』
(第14話「甲府の市」へ続く)