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北陸新幹線「はくたか」の窓から、淡いベージュの壁に群青と金のラインが流れるのを、ぼんやりと眺めて一時間弱。
富山駅に降り立った瞬間、金沢とはまた違う、静かで情緒ある空気を感じた。
(富山って……こんなに近かったんだ)
どうして今まで、もっと早く会いに来なかったのだろう。
建が金沢に帰ってくるのが当たり前だと思っていた、自分の至らなさを今さらのように悔いた。
エスカレーターを降りると、小ぢんまりとした「とやマルシェ」が広がっていた。
富山の海の幸の隣に、石川の菓子や金箔の小物が並んでいる。
「とやマルシェか……建と来てみたかったな」
ふと思った途端、胸が締めつけられた。
「してみたかった」「来てみたかった」――もう、これは過去形の言葉だ。
建とここで笑いながらショッピングをする未来は、とうにない。
寿に言われた通り、私はこの街に、曖昧な関係に終止符を打ちに来たのかもしれない。
路面電車乗り場で行き先案内を確認する。
2系統、オレンジ色の路線。
C19・諏訪川原駅で下車。
市電は県庁前を通り過ぎ、大きく右にカーブした。
(あ、ここだ)
建には何も告げずに来た。
Googleマップを頼りに、会社が一部借り上げているというマンションを目指す。
エントランスはオートロックではないと聞いていたので、ロビーで待つことにした。
(会える……かな)
泊まるつもりはない。
駅前のビジネスホテルに予約を入れ、明日の帰りは7:16発のはくたか。
長居する気など、最初からなかった。
「お腹、空いた……」
こんな時でも、ちゃんと空腹を感じる自分が少し情けない。
富山駅のコンビニで買ったツナマヨおにぎりの封をパリパリと開け、頬張る。
海苔の切れ端が、大理石の床にぱらぱらと落ちた。
(やっぱり、外で食べてくれば良かった……)
エレベーターの音がして、小さな男の子と手を繋いだ住人が出かけていく。
自動ドアが閉まるのを見て、軽く会釈をしたが、気まずさだけが残った。
18:30を過ぎると、青いネクタイを緩めた黒いスーツの男性、白いブラウスに紺色のスカートを着た女性たちが、次々と帰宅し始めた。
どう見ても共和保険の社員だ。
もうすぐ、建が帰ってくる。
心臓が破裂しそうなほどバクバクと鳴り、手足が冷たくなっていく。
口の中がからからに乾いた。
(……来なければ良かった)
建の顔を見るのが、急に怖くなった。
今ならまだ間に合う。
腰掛けていた合皮のソファから立ち上がろうとした、その瞬間――自動ドアの前に、一人の女性が立った。
ポストから封筒を取り出したその女性は、私の顔を見た瞬間、有り得ないものを見てしまったような、凍りついた表情を浮かべた。
「……!」
その女性は、ストレートボブの黒髪に、スクエアの眼鏡。
白いブラウスに紺色のスカート。
そして、唇には薄く、でも確かに――
黄色みがかったベージュに落ち着いたオレンジを足したような口紅が、控えめに塗られていた。
彼女は私の左手薬指の、瑠璃色の指輪に視線を落とし、
ゆっくりと、息を飲んだ。