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今日も今日とて💚💙
第七話 30センチの嫉妬
翔太 side
今日も今日とて甘い夜――
とはいかない日もある。
亮平が仕事から帰ってくると、すぐに電話が鳴った。
すごく親しげで楽しそうだ。
「えっまじ行く行く」
何、どこに誰と行くの?
少し長電話になりそうな予感……
まだ〝ただいま〟も聞いてませんけど――
まっ〝お帰りなさい〟も言えてませんけど……
俺は亮平の電話が気になるものの、ソファで雑誌を読んでる“ふり”をした。
笑い声が聞こえるたび、ページをめくる手が止まる。
……楽しそう。
俺といるときより、笑ってる気がする。
亮平は話に夢中のまま、俺の隣にドカッと座った。
小さく膝を抱えていた俺は、少しよろける。
〝デリカシーのない奴〟
少しイライラしながらも、楽しそうに話す亮平を横目に見ていた。
亮平との距離およそ30センチメートル。
まだ少しだけ、外の冷気を纏わせて、微かに香水の香りが漂うギリギリの距離。
香りに誘われ、縮まる距離。
自然とシャツに伸びた人差し指。
触れる直前で、ぴたりと止まる。
……だめ、電話中。
それでも指先は迷ったまま、布の影に小さく触れた。
亮平の声が、受話器越しじゃなくてすぐ隣で震える。
低くて、少し笑っていて――近い。
喉の奥が、きゅっと鳴る。
「……りょ、」
呼んだつもりはなかった。
空気みたいに漏れた、小さな声。
亮平の肩が、ほんの少しだけこちらに傾く。
気づかれたくないのに、
もう少しだけ、近くにいたい。
指先で、シャツの端をそっと摘む。
邪魔しない程度にそっとね――
「……すぐ終わるから」
ため息混じりの声に、視界がぼやける。
泣いちゃいそうだ――
慌てて掴んだブランケット。
隠れ蓑には持ってこい。
「で、いつ行こうか?」
楽しげな声が、少し遠くに聞こえる。
ブランケットの端をぎゅっと握る指先に、体温がこもる。
「……おかえり」
言ったつもりはなかった。
喉の奥でほどけた、息みたいな声。
亮平の会話が、ほんの一拍だけ止まる。
「うん、分かった。じゃ、あとで連絡する」
短く切り上げた声のあと、受話器の向こうの気配が消えた。
「……聞こえてた」
隣で低く落ちた声。
視線を上げられないまま、ブランケットを少しだけ引く。
「ごめ……なさい…邪魔、したくなくて」
「してない」
言い切る間に、肩に触れる重さ。
外の冷気ごと、そっと引き寄せられる。
「ただいま、って言わせろよ」
耳元で、少しだけ甘く。
その一言で、胸の奥がじんわりほどけていく。
でもなんだか誤魔化されてる気もして、
「だ……
騙されないぞっ、そんなカッコよく言ったって俺は――」
いじけるように寝室に駆け込んだ。
「明日早いからもう寝ます」
吐き捨てるように、寝室の扉に八つ当たりして言った言葉は、静かな部屋に思った以上に響いた。
扉の向こうで、足音が止まる。
「……翔太」
低い声が、少しだけ困ったみたいに落ちてくる。
返事はしない。
毛布を顎まで引き上げて、目を閉じる。
――ほんとは、来てほしい。
ノックは一度だけ。
静かに扉が開く気配。
「寝るの早いって、さっきまで起きてたでしょ?」
布越しに、ベッドの端が沈む。
「……だって」
「さっきの、行くってやつ。断ったから」
思わず目が開く。
でも、視線は合わせない。
「なんで」
「おかえり、が先だね……ごめん」
胸の奥が、きゅっと鳴る。
「……別に、言わなくても」
言いながら、声が少しだけ甘くなる。
隠せない。
指先に、そっと触れる体温。
「言わせなさいよ」
その一言に、息がほどける。
「……じゃあ、さっきみたく、カッコよくお願い///」
布の中で、小さく指を動かす。
触れていいよ、の合図みたいに。
「ただいま」
「おかえり////」
重ねた手のぬくもりが、静かに広がる。
今日も今日とて、甘い夜。
亮平との距離
ゼロセンチメートル――