夢主の設定
・名前:時透苺歌(ときとう まいか)
・時透ツインズの血の繋がらない姉弟です
自慢のお姉ちゃん
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お姉ちゃんができたのは、僕たちが5歳になる年の春。
お姉ちゃんはその春から中学生になる歳だった。
“妹ができた”ではなく“お姉ちゃんができた”のは、両親が里親として苺歌お姉ちゃんを家族に迎えたから。
可愛くて優しいお姉ちゃん。
保育園に来る教育実習生のお兄さんお姉さん みたいに一定期間しかいない人たちと違って、家にいれば会える、特別な存在。僕たちだけのお姉ちゃん。それがとても嬉しかった。
『有一郎くん、無一郎くん、これからよろしくね』
最初に会った日。そう言って微笑んだお姉ちゃんの笑顔を、僕たちはきっと一生忘れない。
お姉ちゃんはいつだって優しかった。
僕と有一郎が喧嘩した時は、どっちの味方をするとかじゃなく上手に仲裁してくれた。
絵本をたくさん読み聞かせてくれた。
仕事で忙しい父さんと母さんに代わって美味しいごはんやおやつを作ってくれた。
さすがにお風呂には一緒に入ってくれなかったけど、怖い夢を見て眠れなくなった時は、お姉ちゃんの部屋に行けばベッドに入れてくれて、僕が眠るまでお話してくれた。
僕も有一郎もお姉ちゃんのことが大好きだった。
どっちがお姉ちゃんの右手と手を繋ぐか、左手と繋ぐかでよく喧嘩してたのを覚えている。お姉ちゃんは自分が真ん中なんだからどっちも変わらないのに、と笑っていたけれど、謎の拘りが僕たちにはあった。
一緒に買い物に行ったり、公園に行ったり、テレビを観たり、バスや電車で出掛けたり。
5歳以降の思い出にはいつだって、笑顔のお姉ちゃんがいた。
小学生になると、宿題が始まる。
有一郎は授業を一度聞けば理解するし、出された宿題もさっさと終わらせてしまう。
それに対して僕はなかなか頭に入らないし宿題も大苦戦。
そんな状況にも関わらず宿題が嫌いにならなかったのは、分からないところをお姉ちゃんが根気強く教えてくれたから。
僕が何回同じことを聞いたとしても少しも怒らずに答えてくれた。教え方も分かりやすくて上手だった。
安易に答えを教えずに、算数は問題の解き方を、漢字は部首でヒントを出したりして考え方を教えてくれる。
僕はお姉ちゃんと宿題に取り組む時間が大好きだった。
じっくり教えてもらえばちゃんと理解できるので、テストはいつも100点を取れていた。
返されたテストの答案用紙を見せると、お姉ちゃんも嬉しそうに笑ってハイタッチしてくれた。
同級生が遊びに来ると、お姉ちゃんの可愛さにみんなびっくりしていたし、手作りのおやつを出してもらって、その美味しさに大喜びだった。お姉ちゃんの存在をすごく羨ましがられて僕たちは鼻が高かった。
お姉ちゃんはいつだって優しかった。
作ってくれるごはんもおやつも美味しい。
悩み事を相談すれば親身になって話を聞いてくれるし、どうしたら解決できるかを一緒に考えてくれた。
無一郎は勉強を教えてもらってばかりいて、正直甘ったれるなよと心の中で悪態をついていた。でも時々横で聞いていて、お姉ちゃんの教え方は本当に上手で分かりやすかった。そりゃ何回も頼るよな、と納得するくらいに。そのおかげで無一郎もテストでは100点以外取ったことがなかった。
俺たちは5年生になった。
家庭科の授業が始まり、初めての調理実習にクラスメートはそわそわしている。
できるだけ、当日までに自宅で、授業で作るメニューの予行演習をしてくるようにと担任の先生に言われて、お姉ちゃんに相談することにした。
家に帰ると、既にお姉ちゃんが今夜の晩ごはんを作り始めていた。
『あ、ゆうくんおかえり』
「ただいま。…苺歌姉ちゃん、俺も手伝うよ」
『ありがとう、助かるよ。じゃあ、ハンバーグのお肉、捏ねてくれる?玉葱と人参は刻んでここに置いてるから』
「うん、わかった」
肉だねを捏ねながら、お姉ちゃんに話し掛ける。
「…お姉ちゃん」
『ん?』
「来週、家庭科の調理実習があってね」
『うん』
「ごはんと味噌汁を作るんだけど、前もって家で練習したくて」
お姉ちゃんは俺の話を聞きながら、スープをかき混ぜている。
「作り方、教えてくれる?」
『うん、もちろんいいよ』
「ほんと?ありがとう!」
いつも料理しているお姉ちゃんが教えてくれるなら心強い。
『ゆうくんの都合がいい日にしよっか』
「うん!明後日は将棋ないからゆっくり時間ある 」
『じゃあ、その日に作ろ』
「うん!」
スープを作り終えたお姉ちゃんがハンバーグ作りに加わる。
俺はずっと気になっていたことを聞いてみることにした。
「苺歌姉ちゃんは、うちにくる前は“施設”にいたんだよね」
『うん、そうだよ』
「施設に行く前は?」
一瞬、ぴたりとお姉ちゃんの手が止まったのを、俺は見逃さなかった。
しまった。聞かれたくないことだったかな。
「あっ…ごめんなさい……。言いたくなかったら話さなくていいから!」
慌てて言う俺に、お姉ちゃんは少しだけ、困ったように笑った。
『……全然言えるけど、聞いててあんまり気分がいい話じゃないと思うよ。…それでも聞く?』
「…うん」
お姉ちゃんはハンバーグを成型する手を止めて話し始めた。
『……私が生まれてすぐに両親が亡くなったらしくて、親戚に引き取られたのね。でもそこで虐待を受けてて。ごはんや飲み物をもらえなかったり、暴力を振るわれたり心無い暴言を吐かれたり、気温や季節に合った服を着せてもらえなかったり』
「そんな……!」
ひどい。
テレビで虐待で死んじゃった子のニュースを観たことあるけど、実際に経験した人がいて、しかもそれは今の自分の家族だなんて。
『近所の人が通報してくれたみたいで、私は6歳で児童相談所の人に保護されて施設に入ったの。栄養状態がものすごく悪かったからしばらく入院して、命の危険から免れたところで退院したのね。それからは年齢の平均まで体重を増やせて、身体も健康になったの』
そうだったんだ……。
「…施設はつらくなかった?」
『うん。天国みたいだったよ。ごはんも美味しいし、喉が乾いたらちゃんと飲ませてくれるし、お布団もあったかくてふわふわで。暑い日は涼しい服を、寒い日は厚手の服をちゃんと着せてもらえて』
「そっか…よかった……」
お姉ちゃんはそこでようやく、手を止めていたハンバーグの成型を再開する。
いつもならお喋りしながらでも料理するのに、なんで中断したんだろう?
「お姉ちゃん。なんでさっきの話で手を止めてたの?」
『気分のいい話じゃないでしょ?ネガティブな話しながら作るとごはんが美味しくなくなっちゃうから一旦止めてたの』
「そっか。…ごめんね」
『ううん、時間はまだあるから気にしないで。私の拘りなだけ』
普段の優しい笑顔を向けてくれて、俺は胸の中が温かくなるのを感じた。
『ちょうど今のゆうくんやむいくんと同じ歳の頃に、時透家のお父さんとお母さんが施設に来てね。私を家族に迎えたいって言ってくれたの』
「そうなんだ。何て言ってた?」
『うちには女の子がいないから、君が来てくれたらきっと家庭が華やかになるって。君を今よりもっと幸せにしたいって言ってくれたの。嬉しかったなあ』
ほんとに嬉しかったんだろうな。お姉ちゃんは微笑みながらハンバーグをハートの形だったり星の形に整えている。
「全く知らない家庭に行くの、抵抗なかった?」
『うん。不思議とね、時透家のお父さんお母さんと初めて会った時に、“あ、私、この人たちの家族になりたい”、“この人たちについていけば自分は今よりももっと幸せになれるんだ”って思ったの』
そうなんだ。よかった。嬉しい。
『お父さんたちはすぐにでも私を引き取りたいって言ってくれたんだけど、色々な手続きとか審査があるからそうもいかなくてね。その諸々が終わって、私はあの日、このお家に来たのよ』
お姉ちゃんは、懐かしい、と言いながら成形し終えたハンバーグをフライパンで焼いていく。
俺は一旦手を洗って、お皿の準備をする。
「…お姉ちゃんは、この家に来て後悔することない?」
『後悔の“こ”の字もないよ。優しいお父さんとお母さんと、可愛い弟が2人もいて。すっごく幸せだよ』
その言葉を聞いて、鼻の奥がツンと痛くなる。
俺はお姉ちゃんにバレないようにそっと服の袖で涙を拭った。
「…俺もお姉ちゃんがうちに来てくれてほんとによかった。大好きだよ」
『ありがとう。私もゆうくん大好きだよ』
お姉ちゃんの手はまだハンバーグの肉でベトベトだから。それが当たらないように肘から手首の部分でそっと俺を抱き寄せてくれた。
柔軟剤の柔らかな香りの中に、今晩のメニューの美味しい匂いが混ざっていた。
その日2人で作ったハンバーグは、いつものよりももっと美味しかった。
2日後。お姉ちゃんと買い物に行って、予行演習に必要な材料を揃えて帰宅する。
無一郎も買い物について行きたいと言ったけど、お姉ちゃんとの2人きりの時間を邪魔されたくなかった俺は断固拒否した。
ぶすくれる無一郎に、お姉ちゃんは今度は無一郎と2人で買い物に行く約束をして、奴はあっという間に機嫌を直したのだった。
調理実習では炊飯器を使わずに鍋でごはんを炊くので、それも練習させてもらうことにした。
俺の炊き方で、今日の家族の晩ごはんの運命が決まる。
味噌汁は普段からお姉ちゃんを手伝って2人で作るけれど、今日は最初から最後まで自分で作ることに。お姉ちゃんは一切の手出しをせず、傍で見守りつつアドバイスをくれた。
初めて1人で作った食事。
我ながら上手くできたと思う。
「有一郎、美味しいよ」
「全部1人で作ったなんてすごいわ」
「美味しいよ、兄さん」
両親と無一郎が口々に褒めてくれる。
「ありがとう。お姉ちゃんが教えてくれたから……」
『私は一切手伝ってないよ。時々横から口を挟みはしたけど、なーんにも心配要らなかった。ゆうくん、美味しいよ。頑張ったね』
照れくさくて俯く俺を、お姉ちゃんが更に褒めてくる。
「兄さん顔真っ赤〜」
「う、うるさい!」
『まあまあ。…むいくんのクラスの調理実習は?練習しなくて大丈夫? 』
お姉ちゃんの質問に、無一郎がはっとしたように目を見開く。
「あっ、そういえば、僕のクラスの調理実習は来週の月曜日だった!」
「おま…それ俺より早いじゃんか!お前のほうが先に練習しないと!」
「わわわ…どうしよう!」
慌てる俺たちを見て、お姉ちゃんが可笑しそうに笑う。
『じゃあ、明後日の土曜日にむいくんの予行演習しよっか。何となくでいいから手順とか頭に入れてね』
「うん!」
こうして1週間に2回、同じメニューの晩ごはんを食べることが決定した時透家。
2日後、無一郎もお姉ちゃんに教わって鍋でごはんを炊き、味噌汁を作って食卓に出した。
調理実習本番では、俺の班も無一郎の班も、美味しいごはんと味噌汁にありつけたのだった。
つづく
コメント
2件
話作るの天才すぎる小説出せるぐらいうますぎる!!