テラーノベル
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走馬灯のように今までの事を思い出した私は、目の前で抱き合っている美男美女を見る。
自分の左手を見ると、ウィルから贈られたダイヤのリングが薬指に嵌まっている。
(……てっきりプロポーズされたと思っていたのに……)
今になって思えば、ここ三か月ほどウィルの態度がおかしかった気がする。
メッセージアプリで次のデートの予定を尋ねても、予定を調整中だから待ってほしいと言われ、放置された。
今までは仕事が終わる頃、COOルームに呼ばれて彼の仕事が終わるのを待たせてもらっていた。
そしてウィルの仕事が終わったら[お疲れ様]とキスをし、ディナーに向かったのに。
気がつけば、そんな恋人らしい過ごし方がなくなっていた。
『彼はCOOだし忙しいから……』と自分に言い聞かせても、『じゃあ今までのは何だったの?』と反論する自分がいた。
その結果が、これだ。
[嫌だわ。あの子ったら物欲しそうに見てる]
レティという女性は私の視線に気付いてウィルに囁き、さらに私の指にある指輪を見てクスッと笑った。
[もしかしてそれ、ウィルにプレゼントされたの?]
嘲るように笑われ、私は思わず手を後ろに隠した。
レティは小首を傾げ、しなやかで白い手をかざす。
美しくネイルが施された指には、私がしている物など比べ物にならない、大粒のダイヤモンドが嵌まった指輪が嵌められていた。
彼女が意味深に微笑んだのを見て、私はすべてを理解した。
――彼女が本命の婚約者なんだ。
――私は、……遊ばれた。
無力感と脱力感が全身を襲い、今までしてきた事すべてが徒労に終わった感覚に陥る。
そもそも私は憧れのホテルに働きに来たのであって、恋人を作りに渡米したわけじゃない。
だからこんな事で、私がこのホテルで学び、培った経験は無駄にはならない。
けれど失恋というのは残酷なもので、たった数十分の出来事は私のすべてを否定するのに十分だった。
すべてが無駄に思える。
日本にいた頃からホテリエになるのだと頑張り続けてきた事も、日本のホテルで修行を積んだ時期も、〝ゴールデン・ターナー〟で働いた時間も……。
私はもっと崇高な夢を描いていたはずなのに、それを思い出そうとしてもグチャグチャになった醜い感情に邪魔され、純粋な想いを取り戻せない。
「……どうして……」
思わず日本語で口走った私を、レティは哀れむような目で見て首をすくめた。
そして嘲るように言う。
[仮にもウィルが好きだったなら、彼を困らせないでちょうだい。別れ際にギャーギャー言う女はクールじゃないわよ]
[なんであなたに、そんな事を言われなきゃいけないの]
言い返すと、レティは眉を上げて[こわーい]と笑った。
そんな反応にムカムカしながら、私はなるべく冷静にウィルに尋ねた。
[いつからこうなっていたんですか?]
どうせ引導を渡されるなら、愛する人にフラれたい。
ささやかなプライドからそう思ったけれど――。
[勘違いしていないかい? 僕は君にプロポーズなんてしていなかったよ]
[……え?]
その言葉を聞いた瞬間、ガンッと鈍器で殴られたようなショックを受けた。
縋るような目でウィルを見ても、彼は氷のような美貌で皮肉げに笑うだけだ。
彼は硬直している私を見て、仕方ないというように溜め息をつく。
[確かに君の事は気に入っていた。可愛いと思ったし、勤勉で好ましく思った。社員以上の関係になったのも認めよう。……だが僕らは大人の男女だ。体の関係になる事もあるし、それが結婚に繋がらない事も分かってるはずだ]
困ったような表情で言われると、まるで私が駄々をこねているようだ。
そんな対応をされ、プライドがズタズタになる。
だからといって未練がましく騒げば、警備員を呼ばれてしまうだろう。
醜態は晒したくない。ここは職場だし、騒ぎを起こせば同僚の耳にも入るし、苦楽を共にした彼らにも馬鹿にされ、最悪、解雇されるかもしれない。
私は荒れ狂う感情を抑え、震える声で言った。
[……分かりました。最初から遊びだったんですね]
そう言うと、ウィルは首をすくめた。
[僕が悪い男みたいな言い方はやめてくれないか? 君の純情を弄んだつもりはないよ。君も大人の女性だから、分かっていると思っていたんだけどな]
何を言っても、一言も伝わらない。
〝こう〟なった以上、ウィルは自分が私を弄んだ事を決して認めないだろう。
(こんな男を愛していたなんて、バカみたい)
百年の恋も冷めるとは、こういう事を言うんだろう。
私の全身から、あらゆる温かな気持ちが消え去った。
このホテルで働く事を誇りに思っていた気持ちも、すべてなくなった。
――辞めよう。
決意した私は、ウィルやこのホテル、そしてNYという街に失望する。
[……残念です]
同意の言葉を呟くと、すべてが終わったのが分かった。
[仕事は辞めます。近日中に支配人にご連絡しますね]
[残念だよ。君は優秀なスタッフだったのに]
ウィルは首を竦め、皮肉げに笑う。
(もうこの男の顔なんて見たくない)
私は重たい足を引きずってドアに向かい、[失礼いたしました]と言って廊下に出た。
何も考えないように廊下を歩き、エレベーターホールでボタンを押した時、私を呼ぶ声がした。
[芳乃、どうかした?]
声を掛けてきたのは、ウィリアムの弟のマーティンだ。
彼は〝ターナー&リゾーツ〟で役員をしていて、以前マーティンの恋人と一緒にダブルデートをして、テーマパークに行った事もあった。
彼にはウィルとの関係を応援され、感謝していたけれど、こうなった以上彼の顔をまともに見られない。
(この人もウィルがレティと婚約していたのを知っていて、裏で私を嘲笑っていたのかもしれない)
クリスマス直前の、煌びやかな時期だから、私は余計に惨めな感情に駆られていた。
[何でもありません]
[でも泣いてるじゃないか]
マーティンは心配そうに言い、スーツの胸ポケットからハンカチを出すと、私に差しだしてくる。
コメント
2件
ウイル、🗑️◯ズだね… 腹立つ!!💢 マーティンは知っていたのかなぁ?
ウィル腹立つ(# ゚Д゚)性病で苦しめばいいのに