白い壁には大きな絵画が飾られてあって、可愛らしい天使たちが、弓矢を片手に黄金色に染まる麦畑の上を飛んでいる。わたしには、キリスト教系のお友だちはいないから、あまりよくはわからないけれど、こんな状況にあって、キャンパスに描かれたこの世界観は、とても美しくて儚くて、どうしようもないもどかしさをわたしに与えた。
お母さまは、わたしの額や首元を、冷たいハンカチーフで拭いながら色々と話をしてくれた。
あの日、高粱畑から抜け出したわたしたちに、日本語で声をかけてくれたのは市公社の職員で、大切な書類を燃やしていた。
その後、わたしは倒れたのだけど、高熱でうなされて生命も危うい状況だったらしく、お母さまは取り乱して泣き叫んだようだ。
「ほんとに良かった、もう少しゆっくりしていてね。カーテン、開けましょうね」
「うん」
「それと、あと1時間後くらいに、大切な放送がラジオであるみたいだから…」
「うん」
「響子も一緒に行こうか、みんな食堂に集まるの」
「はい、お母さま」
眩しいお日さまの光が、ちいさな病室に差し込んで天井の隅や壁を照らすと、かなり古い建物であるのがわかる。
剥がれた塗装やひび割れ、そして埃のかぶったカーテンのレール。
それでも、安心出来る空間にいられるのはありがたかった。
わたしはよろよろと立ち上がって窓辺に立ち、外の景色を眺めながら生きていることに感謝していた。
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