テラーノベル
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遮光カーテンの隙間から漏れるわずかな光さえ、
今の二人には疎ましかった。
301号室の空気は、濃密なシダーウッドの香りと、二人の熱い吐息で満たされている。
「……ねえ、若井。……お腹、空かない?」
ベッドの上、若井の胸元に顔を埋めたまま、
元貴が掠れた声で呟く。
数日間、一歩も外へ出ず、二人きりで過ごした時間。
社会から切り離されたことで、元貴の瞳からは以前のような「諦め」が消え、代わりに若井を求める熱い色が宿っていた。
若井は、元貴の柔らかな髪を指で梳きながら、
愛おしそうに目を細める。
「……空いたね。……でも、外には行かないよ。 ……涼架たちが、まだ下で張ってるみたいだから」
「……ふふ、……いいよ。
……食べなくても、若井がいれば。……僕、もう歌わなくてもいい。
……君のためだけに、息をしてるだけでいいよ」
元貴のその言葉に、若井の心臓が激しく跳ねた。
かつてあれほど執着していた「音楽」すらも、自分という存在に塗りつぶされた。
それは、若井が最も望んでいた「完全な所有」の証明だった。
元貴は若井の首筋に腕を回し、縋り付くようにその唇を重ねる。
昨日までの「拒絶」が嘘のように、元貴の口づけは激しく、貪欲で、若井の全てを吸い尽くそうとする。
「……若井。……僕を、もっと壊して。……あいつらが見つけられないくらい、……君の色だけで染めて」
「……元貴。……お前、本当に……」
若井は、元貴の腰を引き寄せ、壊れ物を扱うように、けれど力強く抱きしめた。
二人の孤独が、一つの巨大な「闇」となって溶け合っていく。
外ではパトカーのサイレンや、街の喧騒が聞こえるけれど、この部屋だけは静寂そのもの。
元貴は若井の耳元で、言葉にならないメロディを小さく口ずさんだ。
それは誰に聴かせるためでもない、若井という檻の中でだけ許された、贅沢で残酷な子守唄。
「……綺麗だ、元貴。
……世界中で、俺だけがこれを知ってる」
若井は、元貴の首筋にある「銀色の鍵」をネックレスにしたものを指でなぞった。
もう、誰もこの部屋には入れない。
元貴もまた、若井という底なしの沼に自ら飛び込み、その愛に溺れることを選んだのだ。
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