飛躍するジャンプ力が物をいう世界がある。
そこでは空中に設置された特設ステージで様々な技を組み合わせたジャンプダンスを披露。その勝敗を決めるスポーツが盛んであった。そして、全国から集まった若きダンサー達の頂点を決めるジャンプダンス大会の決勝戦の日を迎えていた。
「さあ、ついに始まりました。勝利を手にするのはブルーペガサス学園か?それとも本大会のダークホース、ポンコツ高等学校に女神は微笑むのか!」
人の流れが激しい都市部に堂々と立つ巨大スタジアムの中で司会者が高らかに宣言した。
「勝つのは俺たちだ!」
ペガサスのマークを胸に付けた青年は勝利を確信したように手を振り上げた。
その動作一つ一つに観客は熱狂したように声を上げる。
「僕たちだって負けない!」
質素な服装を身にまとう少年からは血のにじむ努力によって鍛え上げられた体と力強さが瞳に宿っていた。
因縁のある男達の交錯シーン。まさに主人公とライバルの名場面となるであろう光景だ。
もう何百回と二階席の後ろで目のあたりにしてきた。
観客の青年に与えられた役割は彼らのバトルに色を添えるための拍手。
創造主様方には顔すら認識されない。
「いつまでこんな生活が続くんだ!」
観客の青年の悪態など、湧き上がる拍手の音にかき消されいく。
あの白熱するバトルを見るたびに思う。
俺だってあっちに立ちたいと…。
だが、万年予選落ちがお似合いか…。
主人公どころか主要キャラとのバトルもない。
物語の枠の外で人知れず負け続け、決勝戦を見に来ている。
それが観客の青年の日常だ。
「はあ…」
ため息を漏らしたって現状が変わるわけはない。
ちゃんと拍手を送り、応援しなければモブとしても存在できなくなってしまうかもしれない。
「頑張れ!」
観客の青年は全力で拍手をおくる。手のひらが痛くなるほどに…。
今日もいつも通りの日々が終わるかと思った。だが、その時はバトル終盤に訪れた。
観客の青年の前に小さな虫が垂れてきたのだ。
まるで蜘蛛のように。しかし、ぶら下がっているのは明らかに蜘蛛とは毛色が違う。
ネズミのようにも見える。だがボディは不気味な青色を放っていた。
「なんだこれ?大会を盛り上げるマスコットキャラではないよな…」
観客の青年はこの謎の虫の無数の目から視線をそらせなかった。
まるで吸い込まれるように凝視した。意識はどこか遠くへと天昇するようだ。
次の瞬間、観客の青年の姿はどこにもなかった。変わりにそこに現れたのは異凶のモンスターだ。
視界も感覚もぼんやりとする中、観客の青年の耳に聞こえるのは大勢の悲鳴と燃える炎だ。
「なっ!なんだお前!」
この物語の主人公がどうしてこんなに近くで叫んでいるのかも観客の青年は理解できない。
「おい!逃げるぞ!」
ライバルであろう鮮やかな髪の彼は主人公の手を取って出口へと走っている。
どうなっている?
バトルの行方は?
この舞台に立ちたくても立てない人間がいるのだ。
放棄していいわけないだろ!
観客の青年の意識は完全に途絶えた。
後少しで出口にたどり着くはずだった二人のダンサーの悲鳴も恐怖も届く事はなかった。