「一花ちゃんも死んじゃえばいいんだ!」
「は――っ! は――っ! は――っ! は――っ!」
飛び起きる私。
また悪夢。
最初は仁美との幸せな夢。
ようやく悪夢から解放されたと思ったのに。
いったい、どうして……。
ピンポーン。
突然チャイムが鳴らされる。
「…………?」
私はスマホを見る。
見ると母さんからメッセージ。
昨日の深夜に届いたようで「今日は徹夜で家に帰れない」とある。
時間を見るともう登校時間ギリギリ、というか今から用意しても遅刻確定だ。
ピンポーン。
再びチャイムが鳴らされる。
「はあ、いったい何……」
ピンポーン。
三度呼び鈴を鳴らされる。
ピンポーン。
四度……。
これだけ鳴らして出ないのだから、もしも宅配とかなら諦めるはずだ。
そもそもこの家には宅配ボックスだって設置されてる。両親が不在で受け取れないことが多いから。
いや、それ以前にまだ8時だ。何かが宅配される時間としてはさすがに早すぎる。
ついクセでドアを開けるために降りてきたが――、
ぼーっとしていた頭が、冷水でも注入されたように急に覚醒する。
玄関の手前までやってきて、嫌な予感が全身を駆け抜けた。
ピンポーン。ピンポーン。ピンポーン。
そしてこんこんとノックの音。
「いーちーかーちゃーん♪ そこにいるよね? どうして返事してくれないのー?」
「う…………」
「一花ちゃん、早くしないと遅刻するよ?」
「仁美、なの?」
「ねぇ早くドアを開けて、せっかくここまで来たんだから二人で登校したいなー」
「わ、私、今日は学校に行かない!」
沈黙。
この薄い木製の扉。それだけが私と仁美を隔てている。
「具合が悪いの、また熱が出ちゃって! だから今日は休むから」
「それなら一花ちゃん、私が看病してあげようか? ほら、昨日みたいに、また私が甘やかしてあげるからー♪」
「いいって! 風邪移したら悪いし! だから早く学校行って!」
「一花ちゃん、本当に風邪ひいてるの?」
「な、なによ、私のこと信じないの?」
「だって、仁美ちゃんの声、風邪ひいたときの声じゃないんだもん」
「こ、声?」
「私、一花ちゃんの声大好きだもん。だから声で分かっちゃうんだよ? 一花ちゃんが元気なのか風邪をひいてるのかくらいのこと」
「う、うぅ……」
「ねえ行こうよー? 私、一花ちゃんと一緒じゃないと学校つまらないよー」
「い、嫌! とにかく私は行かないから! もう行って! 行ってよ!!!」
「……………………」
私がなかばヤケになって怒鳴り散らすと、仁美は沈黙する。
そしてきびすを返し、トコトコと軽い足音が遠ざかっていくのを感じる。
諦めたようだ……。
「はぁ……、はぁ……、はぁ……」
彼女の気配が感じられなくなるまで、私はその場に立ち尽くしていた。
得体のしれない恐怖に煽られ、大声で仁美を追い返して、いまさら少し後悔も感じる。
彼女はただ私を気遣ってお迎えに来てくれただけなのに。
冷静に考えれば、昨日だって仁美は私に何か危害を加えるような事をしたわけではない。
得体のしれない不可思議な現象に襲われて、私が勝手に怖がっているだけなのだ。
そもそも、彼女がやっぱり死んでいるだなんていうのは、所詮は私の妄想でしかない。
「どうしちゃったのよ、私」
やっぱり学校に行こうかな。
それで仁美に、さっきはごめんって言わないと……。
私は気を取り直して、リビングに向かった。
ガラガラガラガラガラガラガラガラ……♪
「ひっ――!」
あのオモチャのガラガラの音が反響した瞬間、リビングの様子が一変した。
小さな子供たちを楽しませるためのキッズスペースのような景観になっているのだ。
落ち着いたリビングだっはずが、壁も床も天井も、ピンクのペンキでもぶちまけたかのようなファンシーな色に染められているし、
家具としてなんの機能性も持たない、小さな女の子たちを視覚的に楽しませるためだけのオモチャのオブジェが設置されている。
そして床には赤ちゃんのおもちゃ箱の中身でもぶちまけたように、動物のぬいぐるみや抱き人形たちが散乱していた。
しかもそのぬいぐるみや抱き人形は自発的に動き、たどたどしい足取りで動き回って遊んでいるのだ。
ガチガチガチガチ……。
その音は私の歯がガチガチとなっている音だった。
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