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第五話 ①【ドアの向こうの気配】
玄関の外で、足音が止まった。
北松誉の部屋の前で。
ぴたり、と。
部屋の空気が一瞬で張りつめる。
ノートパソコンのファンの音だけが、妙に大きく聞こえた。
「……気のせいじゃないですよね」
誉がかすれた声で言うと、シオンはもう立ち上がっていた。
「うん」
「うん、じゃないでしょう」
「静かに」
シオンの声は低かった。
いつもの軽さがない。
詩織が小さく息を呑む。
ローテーブルの端を握る手が震えているのが見えた。
誉も立ち上がる。足が少しだけすくんだ。
相良刑事からは“絶対に一人で外に出るな”と言われたばかりだ。
なのに、もう誰かが外にいる。
心臓が嫌な速さで鳴る。
「……警察、まだ来ないですよね」
「さすがにすぐは無理」とシオン。
「じゃあどうするんですか」
「どうもしない」
「どうもしない?」
「相手が何するか待つ」
「それ、一番嫌なんですけど」
その時、玄関の外で、微かに衣擦れの音がした。
三人とも固まる。
チャイムは鳴らない。
ノックもしない。
ただ、そこに“いる”だけの気配。
「……なにそれ、怖」
誉が思わず漏らすと、シオンが玄関へ向かおうとする。
「ちょ、ちょっと!」
「覗くだけ」
「その覗くだけが信用できないんですよ」
「北松、声」
「すみません……」
シオンは足音を殺して玄関へ近づいた。
誉もほとんど反射でついていく。ひとりで部屋の中央にいるのも怖かった。
詩織も立ち上がっていたが、シオンが小さく手で制した。
「詩織はそこ」
「でも」
「いいから」
珍しく逆らいづらい声音だったのか、詩織は唇を噛んで立ち止まる。
玄関の前。
シオンがゆっくりドアスコープを覗く。
誉はその横顔を見つめた。
シオンの眉が、わずかに動く。
「……誰ですか」
誉が囁くと、シオンは視線を外さないまま答えた。
「見えない」
「は?」
「立ち位置が死角」
「最悪」
「ほんとそれ」
その直後。
コン、と扉が軽く叩かれた。
三人がびくりとする。
そして低い男の声がした。
「……警察です」
誉は一気に息を吐きかけて、すぐに止めた。
警察。
本当に警察か?
こんなタイミングで?
相良刑事が来たのか?
「名乗って」とシオンが扉越しに言う。
「は?」と誉は小声で言った。
「当たり前だろ」
外の声が少し間を置く。
「相良です。北松さん、いらっしゃいますね」
誉はシオンを見た。
シオンも誉を見る。
「……相良刑事、ですよね」
誉が慎重に扉越しに聞く。
「ええ。さっき電話した」
「一人ですか」
「応援が下にいます。開けてください」
声は落ち着いていた。
相良刑事の声に聞こえる。
だが、こういう時ほど疑えと脳のどこかが言っていた。
「北松」とシオンが小声で言う。
「はい」
「電話」
「え」
「相良にかけて」
「二重確認ってこと?」
「そう」
誉は震える手で相良刑事の番号へ発信した。
玄関の外、ほんの数秒ののち。
着信音が鳴った。
三人の顔が同時に強張る。
外の男が小さく舌打ちしたのが、はっきり聞こえた。
「……っ」
足音。
すぐに遠ざかる。
「逃げた!」と誉。
シオンは即座にドアノブに手をかけた。
「待ってください!」
「追わない。確認だけ」
「確認が信用ならないってさっきから」
だがシオンはチェーンをつけたまま扉を開け、廊下を覗いた。
誉もその隙間から見る。
人気のない古いアパートの廊下の奥、階段を駆け下りる黒い影が一瞬見えた。
フードをかぶった男。
顔は見えない。
「……いた」
誉の声が震える。
「うん」とシオン。
「追わないでくださいよ」
「追わない」
「本当に?」
「北松、俺のこと何だと思ってる?」
「厄介ごと大好き人間です」
「正解」
「褒めてないです」
その時、本当に誉のスマホが鳴った。
今度は相良刑事本人だ。
「……もしもし!」
『今、階段を下りていく男とすれ違いました。フード姿の。開けませんでしたね?』
「開けてません」
『正解です』
誉は脚の力が少し抜けた。
相良はすぐに続ける。
『今からそちらへ上がります』
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