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第2話「帰り道」
補習が終わる。
教室は静かで、時計の音だけが少し響いていた。
「今日はここまででいいよ」
水瀬がそう言って、答案を閉じる。
ゆかりはシャーペンを置いて、小さく伸びをした。
「ありがとうございました」
立ち上がって、鞄を持つ。
外はもう暗くなっていた。
廊下に出ると、昼間とは違って人が少ない。
足音が少し響く。
ゆかりは階段を降りながら、ぼんやり考える。
今日は、思っていたより疲れていない。
むしろ、少しだけ落ち着いている。
昇降口に着いて、靴を履き替える。
扉を開けた瞬間、
ぽつ、と水の音がした。
外は雨だった。
思っていたより、強い。
「え…」
少しだけ立ち止まる。
傘は持ってきていない。
どうしようか、と考える。
走れば帰れる距離ではあるけど、結構濡れそうだ。
「速水さん」
後ろから声がする。
振り返ると、水瀬が立っていた。
「まだいたんだ」
さっきと変わらない、穏やかな声。
「雨、降ってるね」
ゆかりは苦笑いを浮かべる。
「傘、なくて」
「そっか」
水瀬は外を一度見てから、ゆかりに視線を戻す。
「送ろうか」
その一言は、軽かった。
ゆかりは少しだけ迷う。
先生の車。
乗っていいのかな、と考える。
なんとなく、だめな気がする。
「大丈夫です、走れば…」
そう言って、一歩外に出る。
雨は思ったより冷たかった。
すぐに肩が濡れる。
そのとき。
「風邪ひくよ」
水瀬が隣に来て、自然に言う。
傘を差しているわけでもないのに、距離が近い。
「他にも送らないといけないし、早く行こう」
少しだけ急かすような口調。
でも、強くはない。
当たり前のことを言っているだけ、みたいな感じ。
ゆかりは、少しだけ立ち止まる。
断る理由を考える。
でも、うまく浮かばない。
雨は強くなってきている。
濡れて帰るのも、少し面倒だ。
「…じゃあ、お願いします」
小さくそう言う。
水瀬は軽く頷いた。
「うん」
それだけ。
車は、学校の駐車場にあった。
助手席のドアが開けられる。
ゆかりは少しだけ躊躇してから、乗り込む。
シートが少し冷たい。
ドアが閉まる音が、やけに静かに響いた。
車が動き出す。
外の雨音が、ガラス越しにぼやけて聞こえる。
「家、どの辺?」
水瀬がハンドルを握ったまま聞く。
ゆかりは簡単に場所を説明する。
「近いね」
「そうですね」
それ以上、特に会話は続かない。
でも、気まずくはなかった。
しばらくして、見慣れた道に入る。
「ここで大丈夫です」
ゆかりが言うと、車がゆっくり止まる。
「ありがとう、ございました」
ドアを開ける。
雨はまだ降っている。
でも、さっきより弱く感じた。
「速水さん」
降りようとしたとき、呼ばれる。
「はい?」
振り返る。
水瀬は少しだけ目を細めていた。
「また、明日」
それだけ。
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ゆかりは小さく頷いて、車を降りる。
ドアが閉まる音。
車はすぐに動き出して、雨の中に消えていく。
ゆかりは、少しだけ立ち止まる。
さっきのことを思い出す。
先生の車に乗るの、よくない気がしていた。
でも、今は特に何も思わない。
むしろ、
濡れずに帰れてよかった、くらいの気持ちだった。
(第2話 終)