テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
第二十七話:九尾の真価と、心臓の共鳴
「……ふふ、伊吹。そんなに喉を強く絞めたら、この子の綺麗な歌声が聞こえないじゃない。可哀想に、その白い肌が真っ赤に染まって……これじゃあ、せっかくの飾りが台無しよ?」
地下の、湿り気を帯びた停滞した空気を一瞬にして「毒」へと変貌させるような、甘く、それでいて肌を刺すように冷ややかな声音が響き渡る。
伊吹が僕を背後から抱きしめ、首輪を掴んでいた剛腕に、ピリリとした緊張が走る。その影、濃密な紫色の闇が渦巻く場所から、九つの巨大な尾を、獲物を追い詰める捕食者の扇のように悠然と広げ、瑞稀が姿を現した。
「瑞稀……。てめえ、まだ順番じゃねえはずだぞ。アタシがこの喉を鳴かせてる最中に、横槍入れてんじゃねえよ」
伊吹が牙を剥き、その双眸に深紅の雷光を宿して威嚇する。だが、瑞稀は不敵な、どこか慈しむような微笑みを崩さない。彼女が一歩、また一歩と蓮池を歩むたびに、床に残っていた霰の霜も、雲華の腐った蓮も、狂骨が呼び寄せた死者の手首も、すべてが瑞稀の放つ圧倒的な紫の妖光に呑み込まれ、ひれ伏すように消え去っていく。
「順番? そんな古い約束、もうこの子には関係ないわ。だって……見てごらんなさい。この子は今、世界で最も無残で、そして最も完璧な『完成品』となったのだから」
瑞稀の細い指先が、空をなぞるように動く。その視線は、僕の四肢に嵌められた四つの家宝、そして喉を縛る鋼を、愛おしげに、あるいは値踏みするように舐め回した。
左腕に輝く紅羽の「沸騰する銀」、右腕に凍てつく霰の「静寂の水晶」、右足に沈む雲華の「重力の黒曜石」、左足に刻まれた狂骨の「虚無の漆黒」、そして喉元を貫く伊吹の「覇道の鋼」。
五つの伝説級の呪具に彩られ、それぞれの相反する魔力が僕の体内で火花を散らし、快感と激痛の矛盾に晒され続ける僕。三色の角はもはや自らの意思で光を放つ力を失い、ただ外部からの呪いに反応して、鈍く淀んだ色を点滅させるだけの、痛々しいオブジェと化していた。
「仕上げは、私がしてあげる。……みんなが欲しがったその『外側』を、死ぬまで生かし続けるための、逃げ場のない『芯』をね」
瑞稀は伊吹の腕の中から、抗うことすら許されない僕を、彼女の影から伸びた無数の手足を使って強引に引き寄せた。首輪を繋がれたまま、僕は瑞稀の、熱を帯びた肢体の中へと転がり込む。彼女の身体からは、他の誰よりも濃厚で、脳の奥底を直接痺れさせるような、禁断の香油の匂いが立ち昇っていた。
「……あ、は……、はぁ……っ、みず……き……、やめ……て……」
「いい声。でも、もっと深い場所から、私だけのために鳴かせてあげるわ」
瑞稀は僕の胸元、伊吹の荒々しい扱いで既に裂けかけていた衣を、指先ひとつで音もなく切り裂いた。さらけ出された左胸。五つの家宝による負荷に耐えかね、今にも止まりそうなほど弱く、けれど必死に生を繋ごうと打っている「心臓」の真上に、彼女は白く冷淡な指を置いた。
彼女は他の女たちのように、形ある宝飾品を取り出したりはしない。ただ、その指先が、禍々しい紫色の光を放ちながら、実体を持たない影のように僕の肌を透過し、肋骨をすり抜け、直接「心臓」そのものへと深く、深く沈み込んでいった。
「ああっ……!!はぁはぁ……」
絶叫すら、伊吹の首輪に阻まれて押し殺される。
心臓を直接、数千本の灼熱の針で同時に貫かれたような、未体験の激痛。
だが、その痛みは次の瞬間、甘い毒を血管に流し込まれたような、身体の芯がとろけ落ちる「底なしの陶酔」へと変貌した。
「これは装飾品なんていう、目に見える甘っちょろい枷じゃないわ。私の魂、九尾の根源たる『猛毒の刻印』……。これをあなたの心臓に直接刻み込む。そうすれば、あなたの心臓は、二度と自分自身の意思では動けなくなるわ。……わかる? これからは、私の拍動と、あなたの鼓動が永遠に同期するのよ」
瑞稀の瞳が、深く、禍々しい紫に燃え上がる。
僕の視界が、彼女の色彩に完全に塗りつぶされていく。心臓の最深部に、紫色の楔が深々と打ち込まれ、そこを起点として、全身の血管へと「瑞稀の情愛」という名の毒が、高速で巡っていくのが分かった。
「……感じているでしょう? 腕の熱も、足の冷たさも、首の締め付けも……。それらすべてを繋ぎ止め、快感へと変えているのは、私の毒なのよ。この毒がなければ、あなたの神経は瞬時に焼き切れて死んでしまう。……そう、あなたはもう、私の毒なしでは、一秒たりとも生きていけない身体になったの」
ドクン……ドクン……。
僕の心臓が、瑞稀の胸の音と、完全に重なっていく。
これまでバラバラに僕の肉体を蹂躙していた五つの家宝たちの魔力が、瑞稀の毒という「絶対的な統率者」によって一本の糸に纏め上げられ、僕の精神を永遠に幽閉する「絶望の旋律」へと昇華されていく。
「あ、あぁ……、あ……っ……」
言葉は、もはや意味をなさない。
僕の心臓は、瑞稀が指を僅かに動かすたびに、従順な獣のように狂ったように跳ね、彼女の存在を、その毒を求めて、裏切り者のように疼く。首を繋がれ、四肢を奪われ、ついにその中心まで瑞稀の毒で汚染された僕は、もはや一人の「あるじ」などではなく、六人の伝説の大妖怪たちの欲望と独占欲を凝縮し、保存するための、生ける「依代」として完成させられたのだ。
「さあ、完成よ。……私の、私たちの、愛しい『生ける宝箱』。今夜は、誰から順番に召し上がってほしいかしら? 心配しないで、時間は永遠にあるわ。……あなたが壊れることも、許さないから」
瑞稀は僕の震える唇を指先でなぞり、勝利を確信した魔女の笑みを浮かべて、僕の額にそっと、死の接吻を落とした。
周囲には、紅羽、霰、雲華、狂骨、そして伊吹。
六人の支配者たちが、五つの家宝と心臓の毒に縛られた僕を囲み、その瞳を耐え難いほどの餓えと快楽に濡らして、一歩ずつ近づいてくる。
朧月館の長い夜は、まだ始まったばかり。
世界から切り離されたこの宿で、一人の主と六人の王女による、終わりなき「蹂躙の饗宴」が、今、真の幕を上げたのだ。