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畳んだ段ボールを積み上げたリビング。
抱っこひもで背中に引っ付けている息子は、ぐっすりお昼寝中だ。
5月のある日、私たち竹峰(たけみね)一家は、引っ越しの片づけに追われていた。
「哲(てつ)くん、そっち並べ終わった?」
私は、リビングから書斎の方へ声をかけた。
背中で寝ている息子、勇人(ゆうと)は、そろそろ7カ月になる。
もちろん、私も夫の哲人(てつひと)もメロメロ……いや、ベロベロの可愛さ。
どちらの祖父母も近くに住んでおらず、基本私と哲人しか家にいないせいか、単に人見知りしているのか、ほかの人にはまず懐いてくれない。
抱っこしてもらうなら、1泊2日コースだ。
「あと、本棚の1段分だけ。これ終わったらお茶飲みたい!」
「頑張ってねぇ。私はリビング終わったからベッドルーム片づけてくる」
「うぅ……邪栄(やえ)ちゃんが冷たい。俺、頑張ってるよ?」
「知ってる。だから、終わったら休憩できるようにジュースとお菓子買ってあるよ」
「やった!」
私は、背中の勇人が起きないか気を付けながら、ベッドを置いただけの寝室を整えに行った。
こんな中途半端な時期に引っ越すことになったのは、哲人の仕事の都合でも私の都合でもない。
ちょうどいい家をたまたま見つけたからだ。
今までは都会の端っこあたりのマンションに住んでいたが、勇人を育てるのはもう少し田舎の方がいい、と2人で決めていた。
前に住んでいたあたりは、駅前に店が揃っていて不便はないけれど、子どもが遊べる場所は少なかった。
新居は、少し行けば都会になる、というほどよい立地で、中古ながらも庭付きの一軒家。
ゆったりした庭もあるから、きっとプールを出して遊ばせたりバーベキューをしたり、勇人を楽しく育てられる家になるはずだ。
明日は、朝から残りの片づけをしないといけない。
とりあえず、寝室にリビングと書斎、トイレとお風呂だけは整えた。
買い物できなくて夕食はお弁当で済ませたけど、勇人の寝る時間に間に合って良かった。
寝室はまだ、ベッドを置いただけで、洋服などは段ボールに入ったままだ。
ベッドで勇人を寝かしつけていると、哲人も早めに寝るために寝室に入ってきた。
「ふあぁ、かーわーいーいー」
寝ている勇人を見て、哲人が小さな声でそう言って悶えている。
自分の夫ながら、結構変態入ってるように思う。
ほかの人の子にはこういう反応じゃないから、ぎりぎりセーフなのかな。
「そりゃあ、私と哲くんの子だからねぇ」
私も親ばかの自覚はあるから、人のことは言えないかもしれないけれど。
「ふふふ、パパと一緒に寝ましょうね~」
今のところ、シングルを2つくっつけたキングサイズのベッドで、3人川の字で寝ている。
ベビーベッドはレンタルしたけれど、結局一人では寝てくれなくて、添い寝することになった。
「寝言で起こさないでよ」
「が、頑張る」
哲人は、鼾はかかないし寝相も悪くないのだが、たまにはっきりとした寝言を言う。
そのおかげで、何度か勇人が起こされて、必然的に私も起こされるということがあった。
ぽんぽんすれば寝てくれるから、そんなに気にはしていないけれども、起こされないならその方がいい。
私たちは、この新居で最初の夜を、早々に就寝して終えた。
「だゃーだ、だだっだだ。だっだ!」
「んー?ゆーと?まだ早いでしょ……」
体感では3時間ほどしか寝ていないのだが、勇人が起きている。
布団をかけなおそうとして、なにもかぶっていないことに気が付いた。
添い寝している勇人は、半分に折ったハーフブランケットをお腹に乗せているが、下にはマットレスの感覚がない。
石畳のような床に寝ていた。
よく見たら、小さな石がタイルのように敷き詰められていて、何かの模様がうかがえる。
勇人の向こうを見れば、床でぐーすか寝ている哲人。
訳が分からなくて上半身を起き上がらせて見回すと、どこか教会のような雰囲気の場所だった。
細い窓からは、昼らしい明るさが見て取れる。
そして、爺さんやらおじさんやらお兄さんやら、怪しげなマントのようなものを着こんだ人たちが、私たちを凝視していた。
「なに、これ……どっきり?」
「だうだ、だっだー」
勇人はなぜかご機嫌だ。
私は、勇人を抱き上げて、哲人を足で起こした。
「哲くん、起きて」
てしてし
「うーんん、邪栄ちゃん、布団取らないで……」
「起きろ」
げし
「うぉっ?!なに、え、床に落とすとか邪栄ちゃんバイオレンス!!」
哲人は、わりとすっきり起きるタイプだ。
「違う、周り見て」
「周り……?!」
夫婦漫才を繰り広げていると、マントの集団も再起動してきたらしい。
お偉いさんらしい爺さんが、私たちに話しかけてきた。
長くて白い髭とかどこの校長だ。
「えー、ようこそいらっしゃいました。して、……どなたが勇者でいらっしゃるのか?」
「は?」
「ゆうしゃ?」
自分からいらっしゃった記憶はまったくないんですが。
「まぁ慌てるな。ここでは話もできまい。まずは客室へ招待すべきだろう」
ほかの人よりも贅沢な青いマントを着た偉そうなおじさんが、爺さんに向かって言った。
確かに、寝間着でこんな場所にいたら冷える。
それにしても、どっきりも随分手が込んでいるようだ。
こないだ読んでたネット小説みたいな、異世界召喚とかそういう設定なのか。
ここは乗っておいて、後で盛大につっこんだ方がいいのか。
そう思っていた時期が私にもありました。
「おぉ、そうですな。では、失礼して……<転移せよ、この場にいる全員を連れて、城の南2階客室>」
爺さんが、理解はできるが変な発音?の言葉を述べると、部屋が一瞬で変わった。
温かくて明るい、贅沢な室内だ。
なんか、魔法使ったらしい。