「リズ、本当に無理はしなくていいんだぞ。後からセドリックに概要だけ報告して貰えればいいから。俺がいると落ち着いて話せないだろう?」
初対面の頃よりはマシだけど、リズはまだ俺の前では緊張して体を強張らせてしまう。俺の身分を考えればリズの態度は普通なのだろう。それは分かっている。礼節を軽んじろとも言わない。だけど……もう少しだけ心を開いては貰えないのだろうか。
リズはクレハが自身の最も近くに置き、大切にしている特別な人間だ。そんな彼女から距離を取られると、あまり信頼されていないように感じて不安になってしまう。リズが俺に対して抱く印象が、そのままクレハの好感度にも直結してしまいそうで……
だからこうやって必要以上に彼女の顔色を伺ってしまうのだ。王太子ともあろう者が情けないことだけれど……
「丁度これからクレハの部屋に行こうと思っていたところだったんだ。だから気にせず……」
クレハの名前を出すとリズの表情が変わった。彼女はこの部屋に入った時から、神妙な面持ちをしていた。それは俺が与えた緊張感とは別なようで……もしかして、彼女の大切な話とやらはクレハに関わることなのか。リズが思い悩む事柄など、クレハ絡みの可能性が高いじゃないか。そう思い至ると、胸の中に薄暗い感情が芽生えた。
庭師のジェフェリー・バラードの時もそうであった。クレハとリズは困ったことがあると、真っ先にルーイ先生とセドリックを頼るのだ。
彼らが頼もしくて信頼できる人材であるのは、身をもって実感していること。俺自身もふたりの存在を拠り所にしている面がある。クレハとリズの行動を問い詰めるなど、出来るわけがない。けれど、それでも不満が口を突いて出そうになってしまう。
こういうところが余裕が無く、子供だと言われてしまうのではないか。自分の幼稚な感情を払拭するように頭を振った。
「……レオン殿下。クレハ様はいま、自室でお休みになっておられます。訪問なさるのはもうしばらくお待ちになって頂けないでしょうか」
「寝てる? こんな時間にか」
夕刻に差し掛かろうとしているこのタイミングで昼寝もないだろう。もしや、体調が悪いのか。俺の不安を察知したのか、リズはクレハが休んでいる理由について説明を始めた。
「クレハ様は旦那様と昼食をご一緒されたのですが、準備に張り切り過ぎてしまったみたいで……」
憔悴しているジェムラート公爵を元気づけようと、メニュー選びやテーブルの飾り付けなど、クレハ自ら行ったのだそうだ。娘の気遣いの甲斐あってか、食欲の無かった公爵が久しぶりに残さず料理を平らげたとのこと。クレハの頑張りが報われる結果になった。
「それで……その疲れが出て寝てんのか。親父さん、見るからにやつれてたもんな。クレハも何かしてやりたくて必死だったんだな」
「そういう事ならば仕方がない。会いに行くのは機会を改めよう。リズ、クレハをゆっくり休ませてあげてくれ」
「はい。ありがとうございます、殿下」
本日の訪問は諦めると伝えると、リズは安心したように表情を緩ませる。いくら俺でも疲れて寝ているところに強引に押しかけたりはしない。ずっと俺の顔色を伺っているようにも見えるな。やはり信用されていないのか。
「……旦那様との食事自体は滞りなく終了したのですが、その後に問題が起きてしまいまして……」
「問題?」
『どうか心を乱さず最後まで話を聞いて下さい』と、俺たちに念を押してからリズは詳細を語り出した。
どうやら、食事の後に起こったこの『問題』とやらが、リズが先生とセドリックに急ぎ伝えたいという話の本命なようだ。思った通り、クレハに関わりのある事だったな。
クレハは疲れて寝ているらしいけど、一体何が起こったというのだ。
「ストップ!!!! ちょっ……待て、レオン!! セディ、セディ!! こいつ止めてっ!! 早く!!!!」
「お待ち下さい、レオン様!! くそっ……失礼致します!!」
セドリックに羽交い締めにされた。主に対してやっていい行動じゃない。けれど、この場にそれを指摘する者はいない。現在この部屋にいる人間は、自分を含めて誰ひとり冷静じゃなかったのだから。
「離せ、セドリック!!」
「ダメだよ、セディ。離したらそいつクレハの部屋に飛び込んで行くに決まってるからね」
「レオン様、落ち着いて下さっ……痛っ!!」
「……電撃か!? このヤロ、また力が暴走しかかってるな」
先生とセドリックが何か叫んでいる。でも、内容が全く頭に入って来なかった。クレハのもとに行く。それだけしか考えられなかったんだ。
疲れて寝てる? いや、違うだろう。姉の話を聞いてショックを受けたに決まっている。自室に閉じこもってしまうくらいに……
早く、早く、あの子の側に行かないと――
「もうっ、いい加減にしなさいよ!!」
バシッという音と共に、頭部に鈍い痛みが走る。自分が何をされたのか認識するのに数秒を要した。殴られたのか……俺は。
「リズちゃんの話を最後まで聞く。約束だっただろ。クレハのところに行くのはそれからだ」
ベッドで横になっていたはずの先生がいつの間にか立ち上がっていた。俺の頭を叩いたのは彼だったのか。
そこまで強く叩かれたわけではないが、興奮して理性を失っていた自分を一瞬正気に戻すには十分な衝撃であった。
「……セディの服が台無しだよ。気持ちは理解できるが冷静になれ。お前が暴れてもどうにもならないんだぞ」
焦げ臭い匂いが鼻をついた。視界の端に俺の体を拘束しているセドリックの腕が見える。袖口がボロボロに焼き切れていた。
「リズちゃん、もう大丈夫だから続きをお願いね」
先生の隣にリズがいた。彼女は今にも泣きそうな顔をしている。話を始める前にリズがしていた忠告を……俺は守れなかったんだな。また信頼を無くすような行いをしてしまった。
クレハの身に起こったことを理解した瞬間……俺の頭の中は彼女の側に行くことしか無かった。怒りと焦りで我を忘れた。体内の魔力が暴走して、雷撃を放っていたことにも気付いていなかったのだ。
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