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#恋愛
#長編
ダニエラは狡猾で、悪意に満ちた嘘を積み重ねていく。誤算だったのは、壊れかけていたブリジットが耐えていたことだろう。彼女はブリジットの王女としての責務を、胆力を侮っていたのだ。
だから強行に出た。私がヴィクトル様と会話を交わすことを回避するために──。
『ヴィクトル、ブリジットが……僕が止めたのに、祖国に戻るって言って窓から……っ』
『──っ』
風景が移り変わり、あの最期の日になった。
その日、遅くまで会議をしていたヴィクトル様は部屋を飛び出して、ブリジットが落ちた場所に駆けつけた。そこには血痕もなく、大きく開かれた窓があるだけ。背後からジェミアンとダニエラが駆けつけた。
(ああ、そういう風に偽装したのね)
『兄様、《呪われた片翼》などよりも──』
『黙れ』
ヴィクトル様が瞬時に消え、数分後にブリジットを抱きかかえて戻ってきた。全身ずぶ濡れで唇が紫になっている彼女に、有りっ丈の治癒魔法を掛けている。
(え? 私を?)
真っ青なブリジットをヴィクトルは抱きしめて、治癒魔法を掛けている姿に驚く。こんな記憶、ブリジットには無い。
『兄様、そんな人族、もうどうでもいいではないですか!』
『ジェミアン!』
『だって本当の《片翼》はダニエラなのに! 《片翼》の身分を偽って、兄様を縛り付けた愚かな人族の──』
『人族だけが《片翼》となり得ることを知らないのか?』
静かなけれど、その場を圧迫するほど鋭く、重くのしかかる声だった。
『え? そんな訳ない……あんな脆弱な種族が《片翼》だなんて……』
『ああ、そうか。お前たちは《高魔力保持者》ではない。私の孤独も苦しみも、祝福の鐘も……知らないのに、なぜお前たちの言葉を信じたのか』
『兄──』
『もういい』
空気が一瞬で凍り付く。
夢なのに、過去のできごとなのに産毛が逆立った刹那、音が消え──ザシュ、とジェミアンの片足が切断され、宙を舞った。
視界が赤銅色に染まる。
『え、ああああああああああああ!』
『ジェミアン! ヴィクトル、君は──』
『黙れ』
呟いた瞬間、やはり音もなく──ダニエラの両手両足が吹き飛んだ。
『ああああああああああああああ!』
『ダニエラ!』
『お前たち、そして侍女、使用人も含めて私の《片翼》を……よくも貶め、虐げ、悪意に晒し続けてくれたな……』
一瞬で血の海となった部屋は、二人の血と鉄の匂いに満ちていた。ヴィクトルの視線は一度だって二人には向けられず、ブリジットだけを見ている。
その眼差しはルティ様と同じで、深い愛情に満ちていた。
(ああ、こんな風にブリジットを見ていてくれたのね)
『兄様? …………急にどうして?』
『つい先ほどまでは、ダニエラの言葉を信じていた。──が、ブリジットの魂に触れたとき、彼女の感情が……流れ込んできた。報告とは全く違う光景に、覚えのない私の言葉、こんなにも私と対話を求めていたのに……私はその機会を全て……っ』
『意識共有? そんなのができるのは本物の……《片翼》同士だけ。う、嘘だ。ダニエラは……僕に嘘なんか……』
『あああああああああ! 私の体があああ! 腕が、足があああああ!!』
ダニエラは痛みで錯乱してもがき苦しむ。それを見てジェミアンはダニエラに掴み掛かった。
『ダニエラ、君は僕に嘘なんか付いてないよね? 僕は──』
『ああああっ、うるさい! お前が中途半端に追い詰めるからこうなったんだ! 毒で弱らせて、それから死んだことにさせればああああ、良かったのにぃいいい! 私が呟いたことを本気して、あの女を追い詰めるから予定が狂ったわ!!』
『……なっ、僕は君が……っ』
『お前たちには、それぞれ相応しい罰を与える。逃げられると思うなよ』
酷く冷ややかな声だった。
死を宣告した声の刃が、二人に絶望を与える。
『……あはははっ、いいよ。君に殺されるのなら本望だよ。ヴィクトル』
『私はお前を殺しはしない……。お前を殺すのは、お前の手足となった侍女や使用人だ。それをもって彼らの罰としよう。そして天寿を全うするまで何度も手足を癒し、そして奪う。発狂できないように精神魔法も付けておこう。この先、お前の人生は自らの愚かさを悔いて、死ぬその瞬間まで、ブリジットに謝罪することだ』
『え……なぁ、いやよ。そんなのいやああああああ』
ダニエラは何か喚いていたが、ヴィクトル様は一度も目を合わさなかった。
『……っ』
『ブリジット……。ああ、魂の輝きがどんどん弱く……』
虫の息だけれど、ブリジットは生きていたのが分かった。ドレスには赤銅色の血がこびりついて斑色に染まっていて、首元の肌は毒で黒く変色し掛かっている。もう長くないのは誰が見ても分かるのに、ヴィクトル様は諦めなかった。
『……ブリジット、愛している。誰よりも、愛しているよ。……君は私を許さなく良い。それでも次は君が幸福であるために、私の全てを掛けて、君を見守ることを……どうか許してくれ』
鈍い音と共にヴィクトルは自分で自分の角を折って、私の胸に置くことで弱々しかった魂が目映い光を灯す。
『やはりこうなりましたか』
その声はどこからともなく聞こえてきた。
周囲に人影はない。淡い光を放つ雪がブリジットとヴィクトルの周囲に降り注ぐ。建物を通過して、床に積もっていく。
『……天上の神々』
ヴィクトルの言葉に私は周囲を見渡すが、やっぱりそれらしい人はいない。声だけが聞こえているだけのようだが、驚くほど胸に響く。
『ヴィクトル。私たちの愛し子を守り、慈しむ存在。……ですがこの子の魂は私たちが預かり、別の、もっと安全で豊かな世界に転生をさせます』
突きつける言葉に、ヴィクトルは歯を食いしばった。実質、《片翼》との決別になる。そんなの耐えられるはずなのに、ヴィクトルはグッと堪えて受け入れる。
『それがブリジットの幸せになるのなら、受け入れましょう』
『この子の魂は、酷く怯えて傷ついています。同じ世界に転生すれば、今度こそ心が持たないでしょう。……しかし、此度のこともまた傷として深く残るかもしれません』
『──っ、申し訳ありません』
『貴方に落ち度はありましたが、しかし他の四大種族と同様に環境や周囲、悪習がここまでの悲劇を引き起こした。故に私たちは一度干渉し、この愚かな都市を含めた四カ所を滅ぼすことにしました。……ヴィクトル、貴方は地上に降りて、暮らしなさい』
『はっ』
他の四大種族でも、同じようなことが起こっていた。教材に書かれていた事実。
そして私が異世界に転生した理由は、これだったのね
『そしてもし、この子の魂が別世界でも、傷が癒えずにいたら──魂が壊れる前に、この世界に戻します』
(え? もしかして私が生涯独身を決意したことで、天上の神々は魂が壊れると判断してこの世界に私を呼び戻した?)
あのまま暮らしていたら人生を楽しもうとは思っていたけれど、誰かと一緒になろうとか、そういったことは考えなかった。ルティも大賢者として寿命まで贖罪し続けるだけ。
(……このまま戻ってこなかったら、トラウマは乗り越えられなかっただろうし、ルティとも出会えなかった)
私はブリジットの魂は眩い光を放ち空へと還るのを見送った。ブリジットの肉体は白い砂となって崩れて、一欠片も残らずに消えてしまう。
(私の頬を濡らしていたのは、ヴィクトルの涙だったのね。でも……これが本当なら、どうしてルティ様が、『片翼殺し』なんて呼ばれるようになったのかしら)
それから見えた記憶は早送りしたかのように刹那の瞬きのとなり、次に広がった光景は──エルフ族の都市で私と出会った時だった。
一瞬で色褪せていた世界が輝く。
そこで目が覚めた。
コメント
1件
うわあ……第38話、第17話という形で過去編が深掘りされて、一気に核心に触れた感じがしますね。 ダニエラとジェミアンの企みが暴かれる場面、圧巻でした。ヴィクトルが「人族だけが《片翼》となり得る」と告げる静かな怒りと、その後の一瞬の切断描写――あの冷徹さにゾクゾクしながらも、ブリジットを想う眼差しがずっとブレていないのが切なかったです。 角を折って魂を救おうとする姿に、ルティ様と同じ「深い愛情」を感じました。そして天上の神々が「四大種族を四カ所まとめて滅ぼす」と言い放つスケール感――これが世界全体の裏側だったんですね。異世界転生の仕組みにも納得がいきました。 「色褪せていた世界が輝く」というラストが美しく、この物語の根幹をがっちり掴まされた回でした。更新、本当にお疲れさまです……!