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その日を境に、私の探求心に火が着いた。
お家柄か。 それはじつに真っ当な心模様ではあったろう。
 ザリガメという未確認生物。
 そのディテールを、あれこれ想像するのも楽しかった。
 “ザリガメ”というからには、やはりハサミを持っていて、背中に甲羅を負っているのかな?
 どんな姿をしていて、どんな生態をしているのか。
 クラスメートと交わす空論にも、より一層の熱が籠もる。
 先述の、友達が見たという証拠画像は、残念ながら拝見する機会がなかった。
 けれども、その分だけ余計に想像をかき立てられる。
 人を襲うとなると、それなりに大きな個体なのか。
 襲う意図は?
 クラス中で取り交わされる、あつい議論。
 “ザリガメ”のフォルムも、次第に固まってゆく。
 そういえば、当面のザリガメ論争に、かの友達が加わることは終ぞ無かった。
 いまにして思えば、理由のほうは明白だ。
 彼女が見たという写メール画像は、それほどまでに恐ろしいものだった。
 彼女の知人が体験した恐怖は、筆舌に尽くし難いいものだった。
 けれど当時の私たちは──、純な冒険心に駆られた子どもたちは、その辺りの事情を慮るには幼すぎたのかも知れない。
 
 こんにち語られる都市伝説の多くは、些細な噂話を発端とする。
 どんなにリアリティを帯びていようとも、薄皮をめくれば真実が見える。
 ひどくお粗末な化けの皮だ。
 大人たちは、それを剥がすのが上手である。
 「ザリガメだっけ? いま流行ってんの。 小学校で」
 「ん。 そうだよ?」
 「やっぱりなぁ。 お嬢の学校もそうかー? やー、うちの孫もなぁ? そのザリガメに夢中でなぁ!」
 身近な大人たちは、屈託のない噂話に一喜一憂する私たちのことを、微笑ましく見ていたように思う。
 「おっちゃんが子どもの時分はなぁ? 口裂け女ってのが流行ってなぁ」
 などと、童心にかえる人もいれば、その限りではなく。
 「煮干し! ランドセルに、煮干しの臭いが染み着いちゃって!」
 子どもたちの頑是ない取り組みに、目くじらを立てる大人たちもいた。
 
 あれはたしか、夏休みを目前に控えた、ある日の朝礼の折りだったと思う。
 「ザリガメという生き物はいません。 あまり変な話はしないようにしましょう」
 全校生徒の前で、校長先生が真面目にそう宣ったのを、よく覚えている。
 
 そうして、私たちは長期休暇に突入し、気熱を帯びたザリガメ論争も、一応の終結をみるかに思われた。
 けれども、事件は起きた。
 8月の初旬。 夏休み真っ最中のことである。