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お隣りさん。

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お隣りさん。

68 - 第68話 血液と眼球とピザ

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2024年08月01日

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しかし宴の終焉は思ったより早く訪れた。


クラスメイトたちに篠原を押さえつけさせて、陰毛どころかケツ毛までライターで炙った次の日の朝、彼の席には学ランを着た男が座っていた。

ここら辺の地区だと、学ランを着ているのは、輝馬が卒業した県内でトップレベルの高校と、「名前が書ければ入学できる」と言われている札付きのヤンキー高校の2つだった。


「……イチカワリクってオマエ?」

見るからに前者ではない男は、金色の坊主頭をダルそうに掻きながら足を投げ出して座っていたが、次の瞬間机を蹴り倒して立ち上がった。

「きゃああっ!」

遠巻きで見ていたクラスの女子たちが悲鳴を上げる。

凌空は自分の後ろに隠れるクラスメイトのせいで逃げることも後退ることもできずに、ただ男を見上げた。


身体の線は細い。

背丈は同じくらい。

それなのに、敵う気がしない。


生まれて初めて間近で見るヤンキーとかDQNとかと呼ばれるべきヤバい人種。

自分とは生き物としてカテゴリーが違う。

同じ身長なのに、向こうが見下ろすから、こちらは自然と見上げる形になる。


男が篠原の席に座っていたことや、彼がこの場にいないことから、男が学校に乗り込んできた理由は容易に想像がついた。

(……何だよアイツ。バックにこんな召喚獣がいるなら早く言えって)


「ガッコーにチクられたくなかったら、大人しくついてきな」

男は妙に舌足らずな言い方で口の端で笑うと、凌空の肩に見た目よりずっと重い腕を置いた。


「市川……」

青ざめるクラスメイト達の間を、凌空は男に肩を組まれながら教室を出た。

(あー。俺の人生終わったわ……)

笑えない確信で、歩いているのに脹脛がブルブルと震えた。


◇◇◇◇


連れていかれたのは、5人+αで住んでいる自分の家よりも大きなマンションの部屋だった。

家具の少ない妙にだだっ広いリビングの真ん中にキングサイズのベッドがあって、その上で男は凌空を馬乗りにしながら殴り続けた。


「……がハッ……!」

喉を流れる鼻血でむせる。

腫れあがった頬のせいで、息をするのもしんどい。

熱が出てるのだろうか。それと殴られた場所が悪かったのか、頭が割れるように痛い。

男は上半身裸で、煙草を咥えながら殴っているのだが、その先端は燃えていなかったし、煙も出ていなかった。

(まず火をつけましょうよ……)

凌空は焦点の合いにくい目で彼を見上げた。


繰り返される殴打に、初めのうちは顔をかばっていた腕は、もはやピクリとも動かない。

もしかしたら骨折しているかもしれない。

これ以上殴られるなら顔の方がマシだ。

そんな誤った判断をさせるほど、腕のケガは重症のようだった。


(……死ぬのかな、俺)

まるで他人事のようにそう思った。


それならそれでいい。

でもそれなら、自分がが誰の子かという謎は永久に闇の中だ。


(あいつの一人勝ちか)


脳裏にあの女が浮かぶ。


まんまと健彦を騙して結婚し、おそらくはイケメンであろう男との子供である輝馬を溺愛し、好きでもない健彦の娘である紫音とは距離を取りながら、これからも好き勝手に生きていく。

こんなことになるなら――。


今度は輝馬の顔が浮かぶ。

(兄貴に言っておくんだったな。お前の父親、健彦じゃないぞって)


兄は顔はいい。

成績もいい。

しかし頭は悪い。


自分の顔が父に似ていないことに、何の疑問も抱かない。

母が自分を溺愛する意味も分かっていない。


アレは周りが甘やかしすぎたんだ。

母だけではなく、教師もクラスメイトも。

皆が彼を愛しチヤホヤしてきた結果、何事も疑わない思慮の浅い人間が出来上がった。

おそらく、いや100%容姿で入社できたYMDホールディングスでもどれだけ戦力になっているかは怪しいところだ。

兄が企画部に入社して3年。

未だに彼の名前がスタッフロールの片隅にでも載っているゲームはリリースされていない。


そんな兄に言ったところで、何も変わらないかもしれないが。


『ああ。確かに似てないもんな』

そんな間抜けな返答が帰ってくるだけかもしれない。

(馬鹿なの?)

脳裏の中でとぼけた顔をした輝馬を睨む。

(もしそうだとしたら、悪いのは親父じゃなくて母さんってことになるんだぞ?)


つまりは加害者が晴子。

被害者が健彦。

ならびに健彦の前妻、そして―――。

あの女。


凌空は脳裏の中でふっと笑った。


(どう思う?兄貴が好き勝手犯したあの女が、母さんに嵌められた一番の被害者だとしたら……)



「……何がオモシロイ?」

凌空は彼を見上げた。

笑ったのは脳裏の中でのつもりだった。彼の反応を見ると、声に出していたらしい。

「…………」

凌空は誤魔化そうと愛想笑いをしようとしたが、口の端が痛くて顔が動かない。

ただ男を見上げ、薄く口を開いた。。


「あんた……」


「んー、どしたー?」


変な男だ。

無言でさんざんボコボコに殴っておいて、そんな優しい声を出す。


「あんた……篠原の何?オトモダチ?」


男の口調を真似して言ってみる。

もし殺されるのだとしても、それだけは聞いてから死にたかった。

殺される理由というやつだ。


「篠原……?ああ、翔葵のことか」


男は軽そうな金色の坊主頭を左右に振ってから、もう一度凌空を見下ろした。


「イトコ」


(糸子……?ああ、従兄弟か)


漢字変換に少し時間がかかった。

それだけ男の口調とアクセントは独特で、凌空はそこでやっと彼が純粋な日本人ではないかもしれないという結論に至った。


篠原が従兄弟だということはハーフなのだろうか。

そう言われてみれば、少し垂れた目は大きいし、鼻だって高い気がする。


(そうか。日本人じゃないのか)

凌空は彼を見上げた。

(じゃあ、マジで殺されるかもな……)


「それじゃさ……」

凌空は尚も口を開けた。

「その髪も地毛?」

もしかしたらこのまま殺されるかもしれないのに、

これが人生最後の言葉になるかもしれないのに、

凌空はそんなどうでもいいことを聞いた。


「…………」

今まで何を言っても無表情だった男の目が見開かれる。

「――オマエ、バカ?」

男はそう言った瞬間笑い出した。


「有色はDominant(優性)、金はRecessive(劣勢)。つまりハーフはすべて有色」


男は笑いながら言った。


(……ボコボコに殴った人間の上で、そんなに笑うことか?)

凌空は男を見上げながら、まだ喉を焼き続けている鼻血を、ゴクンと唾液で流し込んだ。


「ねえ」

男はひとしきり笑ってから、凌空の腫れた頬を両手で掴んで顔を寄せた。

「オマエのその目っていいよね」


何を言い出したかと思えば。

凌空は目を細めた。


「JapaneseにもBritishにもいない目だ」

(ブリティッシュ。……あー、イギリスか)

凌空は目を細めた。


「俺に、ちょーだい」


そう言われた瞬間、男は両手の指で凌空の上下の瞼を抑え込んだ。

「………っ!」

殴られる何倍もの恐怖を感じ、手足が強張る。

反射的に逃げようとする身体を、男は押さえつけた。


チュパッと音がして、男の口から煙草が抜かれる。

「…………」

凌空はそれをキョトンと見上げた。

それは煙草ではなく、丸くて真っ赤なキャンディーだった。


近づく唇。

真っ黒な口内から真っ赤な舌が視界を覆う。


ペロン。


眼球を嘗められた。

全身に鳥肌が立つ。


痛い。

痛い痛い痛い痛い。


暴れる身体を男が全身で押さえつける。


ペロン。


ペロン。


ペロン。


何度も何度も舐められる。


漂う甘ったるい苺の香りに、急激な吐き気が襲ってくる。

しかし嘔吐することも許されない。

仰向けで顔も抑えらている今もし吐いたら、喉に詰まった吐瀉物で窒息する。

凌空はただ吐き気を抑えながら呼吸を繰り返した。


痛い。


痛い痛い痛い。



怖い。


怖い怖い怖い。


痛めつけられた上に羽交い絞めにされた体。

頭ごと押さえつけられて舐められる眼球。


痛いのに。

怖いのに。


凌空は勃起していた。


◆◆◆◆


いつの間にか日は落ちていた。

男が消し忘れたのか、廊下から漏れる白熱灯の光でかろうじて照らされたリビングで、男は凌空の顔の両脇につき、こちらを見下ろした。


「……オマエさ」

左右の眼球をさんざん舐めつくして満足したのか、男は凌空の脇に座り胡坐をかいた。

「カゾクとか心配しねえの?」

男は表面のガラスにひびが入っている壁時計を見上げた。

「もう20時過ぎるのに、鳴らないね。スマホ」

他人事のようにそんなことを言う。

「―――」

焼けるように痛む目で、いつの間にとられたのか男の手の中にある自分のスマートフォンを睨む。


「……クなんて」

やっとのことで声を絞り出す。

眼球を嘗められている間、動けない体の代わりに悲鳴を上げまくった喉は、ガサガサとかさついてうまく声が出なかった。

「家族なんて、いない」

凌空はあまりの痛みにドクドクと脈打つ音が聞こえる眼球を動かしながら言った。

「あいつらなんて、本当の家族じゃない」

話すと、口中に血の味が広がった。

全身が痛くて怠くて、いつの間にか熱も出てきたようだ。


「…………」

瞼を閉じれば、もう二度と開くことはないかもしれない。

家族に蔑ろにされている親父にも、

愛情が片寄っている母親にも、

頭の悪い兄貴にも、

顔が残念な姉にも、


ーーーもう会う必要はない。



そう覚悟で目を閉じたのに、


「オマエさ」


唯一正常に機能している聴覚に、その声は突き刺さるように飛び込んできた。


「――ハラ減らない?」


◇◇◇◇


男は冷凍のピザをわざわざオーブントースターで焼いてくると、また凌空の隣に座った。

凌空の腹の上に熱い皿ごとピザを置くと、そこから1枚チーズを伸ばしながら引き取って、下から舐めとるように口に入れた。

「ん」

気づいたように凌空を振り返ると、皿からまた一枚とって、それを凌空の口に無理やり入れた。

「何で食わねえの?」

「…………」

凌空は仕方がなく、やっとのことで咀嚼しながら、男を見上げた。

「……動けないんだよ」

「なんで?」

男は右手で凌空の口にピザを突っ込み、左手で2枚目に手を伸ばしながら、キョトンとした顔で言う。

「なんでって……多分折れてる」

「どこが?」

男はますます目を見開いて言う。

「両腕」

「ぷっ」

凌空が睨みながら言うと、男は立てた膝をペチペチと叩きながら笑い出した。

「折れてるもんか!それくらいで!」

笑いながらも絶えず凌空の口にピザを押し込んでくる。

苦しい。

「……なんでそう言いきれるんだよ」

凌空が睨むと、男はニヤニヤとこちらを見下ろした。

「だってほとんど腫れてないし、熱も持ってないし、それに」

男はそのふざけた顔のまま、こう言った。


「ヒトの骨の折り方なら知ってる」


「……え?」

「知ってるケド、しないんでやってるんだ」

その言葉はまるで、


『殺し方は知っているけど、生かしてやったんだ』


そんなふうに聞こえて、

凌空は静かに口の中の冷めたチーズをゴクンと飲み込んだ。



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