それから彼は自分の連絡先を凌空のスマートフォンに勝手に登録し、ことあるごとにマンション呼び出すようになった。
男は佐倉光(さくらひかる)と名乗った。
本名だと思う。段ボールに雑に突っ込んである郵便物も宛名はすべて佐倉光だった。
つまり独り暮らし。家族の所在は不明。
高校はやはり県内で一番のヤンキー高校。
学年は1つ上の3年だ。
「じゃあ、今年受験スカ?」
何も考えないで発した言葉に、佐倉は凌空の頭をはたき、周りにいた男女が大笑いをした。
男の家に自分しかいなかったのは、出会った日が最初で最後で、夜に呼ばれるといつもそこには数人の男女がいて、その顔はいつも違った。
「おせーよ」
佐倉はいつもリビングの中央にあるキングサイズのベッドの上にいて、凌空が玄関から入ってくると嬉しそうに手招きするのだった。
マンションの一室。
いつも10代~20代の知らない男女に囲まれて、佐倉と一緒にベッドに寝転がり、知らない人間がやっているテレビゲームを眺めたり、麻雀を眺めたり。ときにはよくわからないジュースをもらったり、煙を吸ったり。
それで全然わけがわからなくなって、名前も知らない女の胸を揉みながらポーカーをしたりもした。
(ーー俺、何やってんの?)
屈託なく笑う佐倉の横で、自分も馬鹿らしいほど大声で笑いながら、頭の中の冷静な自分が問う。
(自分を半殺しにした男と仲良くしちゃったりなんかして……)
あの日以来、まったく自分に手を出さなくなった佐倉を横目で見上げる。
彼が言った通り、腕は折れていなかった。
腕どころか肋骨もどこもヒビすら入っていなかった。
殴られた顔も次の日こそ腫れあがったが、2日もすると母親の晴子が気づかない程度にまで落ち着いた。
あの暴力はやはり篠原に対しての復讐であり、虐めという行為に対しての制裁だったのか。
はっきりと聞けないまま時が経過し、いつの間にか佐倉は、凌空を痛めつけたことも忘れてしまったみたいだった。
篠原から聞こうかとも思ったが、彼はあの日以来ずっと学校を休んでいて、そのことを佐倉に聞くのも怖くて、真相は宙に漂ったまま掴めなかった。
◇◇◇◇
夜。
入れ替わり立ち代わり出入りを繰り返す男女が落ち着き、皆帰ったりリビングのソファやカーペットの上に倒れるように眠り込むと、佐倉は凌空の上に乗ってきた。
そしてあの日と同じように凌空を跨いで動きを封じ、両手で顔を掴んで瞼を指で固定し、片方ずつ眼球を舐めた。
「……そんなに好き?この目」
ある意味キスするよりも近い距離で、佐倉の口の中を見ながら質問する。
「ダイスキ」
佐倉はそう言う間も惜しいというように、すぐに眼球に舌を戻した。
「……う……」
何度やられても慣れない。
怖いし、痛い。
あれから眼球を舐めるという行為のことは自分なりに調べた。
する方は本来であればデリケートで大事な眼球を、直接舐めるという行為自体に、支配的で非人道的な性的興奮を覚える、らしい。
一方される方も痛みが快感に変わり、愛する人に支配されたいというマゾヒズム的な欲求が満たされる、らしい。
確かに痛みには慣れた。しかし、
(……俺、マゾでもホモでもないんですけど)
凌空は視界を覆う佐倉の舌を見上げながら、いつもやり場に困る腕を佐倉の腰あたりに回した。
疲れたのか佐倉が体勢を変え、凌空の脚の間に自分の身体を入れてくる。
(う……っそ、この体勢……!)
まるでセックスでもするような格好に、凌空が慌てて起き上がろうとすると、ものすごい力で押さえつけられた。
「リク、また勃ってる」
佐倉が馬鹿にするように笑う。
(そーなんだよな……)
凌空は鼻で笑いながら諦めて脱力した。
(――なんで俺、勃つんだろ)