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(彼氏ヅラ……)
それから暫くして、神津はマグカップを二つ持って戻ってきた。そして、俺の隣に腰掛ける。
甘い匂いが漂って来て、俺は神津から受け取ったマグカップに口をつけた。神津の方はコーヒーだ。
「どう? あっまいでしょ?」
「いや、いいぐらいだろ」
「どんだけ砂糖淹れたと思ってんの。春ちゃん糖尿病にならないか心配」
余計なお世話だと言えば、余計なお世話じゃないよと以外と真面目に返された。
「僕より先に死なないでね」
「何だそりゃ」
冗談なのか本気なのか。多分前者だろう。
だが、神津の顔をふと見てみれば本気とも取れる目をしていたから、俺は咄嗟に目をそらしてしまった。彼の若竹色の瞳は昔から苦手だ。
真っ直ぐなその目に全てを見透かされてしまいそうだから。
神津は俺の態度を察したのか、苦笑いを浮かべると俺の頬を指先で突く。俺はそれに反抗するように神津を睨み付けてやれば、先ほどの真剣な目は何処に行ったんだと言うぐらい、いつも通り俺をからかう目をしていた。
やはり、見間違いだったか。
(それでもまあ、俺が死んだら恭は悲しむんだろうな……)
自惚れかも知れないけれど、俺が死んだらそれはもうべそべそ泣きそうだなあと俺は想像して笑えてきてしまった。笑い事ではないが、俺が死んだら悲しんでくれそうだと安心する。
「何ニヤけてるのさ」
「何でもねえよ」
「僕には言えないこと?」
「お前に言っても仕方ないこと」
何それ。と、珍しく頬を膨らまして拗ねる神津に、俺はまた笑う。神津が俺のことが好き過ぎることは分かっていたがここまでとは思わなかった。
今だって、そんな顔するなら聞かなければ良いのにわざわざ聞いてくる。それが可笑しくて、可愛くて。愛しいと思う。
矢っ張り自分で思っている以上に神津の事が好きなんだと、実感してしまう。
形だけの恋人じゃなくて、しっかり好きって伝えれたら……「好き」から「愛している」に変わっていけたら。
こいつが調子に乗るから言わねえのと、単純に恥ずかしいから俺は口にできなかった。だから、冗談混ぜていってやる。
「恭、好きだぞ」
「え!? 何々! どうしたの急に!」
「別に言いたくなっただけだ」
「……春ちゃんのデレ期?」
「うぜぇ」
「照れてるの可愛い~」
「うっせぇ馬鹿!」
ほら、調子に乗る。冗談だと分かっているのか、分かっていないのか。だが、言われて嬉しそうに俺に抱きついてくる神津を見てまあもうこれでいいかと納得してしまう。
これぐらいの距離感が良い。
近すぎず遠すぎず、けれど壁を作らず。永遠と悶々と幼馴染みで恋人で相棒で、そういう境界線の曖昧な関係で良い。
それぐらいがちょうど良いのだ。また、あの時みたいに何年も離ればなれになってしまったとき、依存しすぎているときっと離れられなくなるから。
「春ちゃんってさ」
「何だよ」
「自分では気づいていないかもだけど、本心って言うの? まあ、素直に物事言うとき俺の事『恭』って言うんだよね」
「だからなんだよ」
「ん~だから、さっきのは本気と捉えた。春ちゃんが俺の事好きっていたこと、本気だって」
そう言えば、俺は咄嵯に口を手で押さえる。無意識のうちに言ってしまったのかと自覚すると一気に羞恥が襲ってきた。
だが、それを神津が許すはずもなく、彼は嬉しそうな表情で俺を抱き締めてきた。
「おい、離れろ」
「嫌だね。今日はずっとこうしてようかなぁ。あ、お風呂一緒に入る?」
「入るわけねぇーだろうが! ガキじゃねえんだし」
「え~……」
残念と呟く神津を俺は無視する。
二十四になる大人が一緒に風呂なんて入れるかと、心の中で悪態をつく。
だが、暫くして「あっ」と何かを思い出したかのように声を上げる。嫌な予感がして、少し顔を上げれば神津の若竹色の瞳と目が合った。
「……今夜、いい?」
「ダメッつったら?」
獣の目、と言うべきだろうか。
俺しか知らない神津の雄の目を、キラキラ爽やかな表むきの神津と真逆の欲望丸出しの滑稽な神津を俺以外知っているのだろうか。
いいや、これは恋人特権だ。
「ダメ?」
こっちが、ダメといったらと言っているのに、よくもまあぬけぬけとダメかと返せるものだと、俺は不思議で仕方がない。呆れもしている。
俺は、暫く考えるフリをしてはあ……とわざと大きなため息をつく。
「……もう一度聞いたらダメっつうぞ」
「ははっ、春ちゃんやっさしい」
そんなことを口では言いつつ、全く余裕のなさそうな顔はいつ見てもなれない。まあ、もっと余裕がないのはベッドの上なんだが。互いに。
そう思いつつ、俺は事務所の戸締まりをと席を立った。