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なんか叩き出されてしまった……。
唯由は、研究棟を振り返りながら、蓮太郎に悪態をついている美菜と一緒に歩いて帰る。
「あんた、これから暇?
何処か食べに……」
と美菜が言いかけたとき、唯由のスマホが鳴った。
「今日、遅くなっても行く」
と蓮太郎からメッセージが入っていた。
ふたりでそれを覗き込んで見てしまう。
美菜が、チッと舌打ちした。
「なにそのラブラブッ。
やっぱ、帰るわっ。
まーくんに電話するっ。
今日はいろいろありがとうねっ、蓮形寺っ」
と美菜は去っていった。
唯由はバス停に向かって歩きながら、
「今日、遅くなっても行く」
という蓮太郎のメッセージを見て微笑んでいたのだが、いつの間にか、自分の真横に並んで歩いている誰かがいるのに気がついた。
ひっ、と横を見て。
さらに、ひっ、と息を呑む。
鏡が道路にあるのかと思った。
月子が一緒に並んで歩いていた。
「鏡かと思った」
足を止めて、唯由は月子に言った。
おのれの頬に手をやりながら、月子を見つめ、
「なんか私、疲れてんのかな~って思ったのよね」
と呟いて、
お姉様~っ、と呪われる。
いや、別にいつも月子が疲れた顔をしているというわけではない。
今日、元気がないように見えたので、そう思っただけだ。
「どうしたの、月子。
なにかあった?」
といきなり現れた妹に訊く。
「お姉様、道馬さんと同じ会社で働いてらっしゃるのね」
ああ、その話か、と思いながら唯由は、きょろきょろ視線で、座って話せそうな店を探す。
長居はできない。
蓮太郎がうちに来ると言っていたからだ。
「あ、あそこ入る?」
唯由がファストフードの店を指差すと、月子は眉をひそめた。
「私、ああいうお店、入ったことありませんわ」
「そうなんだ?
友だちとかと入らないの?」
「私のお友だちは、あのようなところには入りません。
お姉様は、お姉様のお母様の影響か、庶民的な暮らしがお好きなようですけど……
って、聞いてくださいますっ? 人の話っ」
と後ろで月子が叫んでいた。
月子の話を聞きながら、すでにファストフードの店の前に立っていたからだろう。
ガーッと自動扉が開き、中から心地よいクーラーの風が吹きつけてくる。
「ほら、月子、早くっ」
振り返り、ちょいちょい、と手招きすると、
「ほんとうにマイペースですわね……」
と月子は文句を言ったようだった。
が、聞いても仕方がないので、ほとんど聞いてはいなかった。
この聞いても仕方がないことをスルーする能力は、月子が言うように、母から受け継がれたものなのかもしれない。
常に忙しく働いていた母は、蓮形寺の奥様になってもその癖が抜けず、ビシバシ効率的に動く人だった。
その野性味あふれる感じが奥様方の間で受けていたようだったが。
「どうやって頼めばいいんですの?」
レジ前で月子が落ち着かなげにあちこち見ながら訊いてくる。
「月子、苦手なもの、そんなにないよね?」
「お姉さまの作ったものなら、なんでも食べれましたわ。
でも、お店で出てくるものとかは……」
「じゃあ、いいよね。
すみません」
と唯由がさっさとアップルパイと飲み物を二人分頼むと、
「お姉さまには、人の話を聞く能力とかありませんのっ?」
と月子が横からわめいてくる。
「私が作ったものなら食べられるのなら、私が注文したものも食べられるでしょう?」
「……なんですの?
そのベルサイユから出てきた女王様みたいな物言いは」
と月子は睨んでくるが。
いや、女王様がファストフードで人の分の注文とらないと思うんだが……と唯由は思う。
「お待たせしましたー。
32番の番号札の方ー」
「ほら、行くよ、月子」
と唯由はトレーを持った。
「月子、ジンジャーエールが好きだから、ジンジャーエールね」
「お姉様……」
二階で食べよう、と唯由は月子に微笑みかけ、レジ横の階段を上がっていった。
「面白いですわ、此処からの眺め」
シナモンがきいた熱々のアップルパイを慣れない手つきで食べながら月子は下の道を歩く人々を眺めていた。
月子が面白がるだろうと思って、窓に向いたカウンター席にしたのだ。
ご飯は月子は家で食べるだろうし。
自分はもしかしたら、蓮太郎が早く来るかもしれないので、アップルパイと飲み物だけにしておいたのだ。
「で、道馬さんがなんだって?」
「話、聞いてらしたんですの?」
と文句を言ったあと、月子はアップルパイを食べるのをやめた。
「お姉様に言いたいことがたくさんあったのですけれど。
相変わらず、お姉様がマイペースなので気が抜けましたわ」
お姉様、と月子は唯由に向き直る。
「私に料理を教えてくださいっ」
プライドを捨て、頭を下げてきた妹に、唯由は言った。
「えっ?
めんどくさそう……」
「……お姉様は心の中に包み隠すということはありませんの?」