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北門城壁へ戻る途中だった。
サイラスの前に、一人の兵が駆け寄ってくる。
「軍師!」
息を切らしながら膝をつく。
「スカーレット王国のジャスミン殿が、軍師にお会いしたいとのこと」
サイラスは一瞬だけ目を細めた。
「会おう」
やがて、赤い外套の女騎士が現れる。
ジャスミン。
スカーレット女王の使者である。
彼女は胸元から封書を取り出した。
「女王陛下よりの言葉を、そのままお伝えする」
サイラスは受け取ると、その場で目を通した。
読み終えると、静かにうなずく。
「委細承知いたしました」
「今、お返事をしたためます。少しお待ちいただけますか」
「うむ」
サイラスは短く書き付けると、封をして渡した。
ジャスミンは深く一礼した。
そのまま馬へ戻っていく。
サイラスは振り返った。
城壁の上では、泣き声が風に乗って響いている。
子供たちの列の後ろに、黒い重装歩兵の壁。
「ロドリゲス」
若い軍師が顔を上げる。
「敵の重装歩兵まで、どのくらいだ?」
ロドリゲスはすぐに城外へ目を向ける。
数秒。
頭の中で距離を計算する。
「……長弓です」
「短弓じゃ届きません」
「平行射は無理。角度三十度」
サイラスは即座にうなずいた。
「よし」
振り返る。
「セルゴ」
無口な護衛官が一歩前に出る。
「合図を待て。ロドリゲスの言う通りに」
「わかった」
サイラスはもう一人の少女を振り向いた。
「ユンナ」
「一緒に北門に行こうか」
「セルゴ、兵を二十人ほど借りる」
セルゴはうなずいた。
「わかった」
城壁の向こうでは、泣き声が近づいてくる。
人間盾の列は、ゆっくりと門へ進んでいた。
サイラスは静かに言った。
「さて」
「神のご加護を」
帝国軍は、じりじりと北門との距離を縮めていた。
泣き続ける子供たちの列。
その背後に続く重装歩兵。
整然と、ゆっくりと、しかし確実に城へ迫る。
そのとき。
左方の丘に、赤い旗が翻った。
スカーレット王国軍。
帝国軍の陣に緊張が走る。
しかし敵の動きを見た瞬間、
帝国軍の将は顔を歪めた。
「あのアバズレ」
珍しく、汚い言葉が口をついて出る。
本陣のグラントである。
「右翼歩兵二千、スカーレット軍に備えよ」
槍が一斉に向きを変える。
ヴァルドは丘を一瞥した。
「来るね」
だが次の瞬間、肩をすくめた。
「……そっちはグラントに任せるよ」
視線はすでに別の場所にあった。
カルデル城。
その城壁の上。
「俺はあの城にいる片腕の男に興味あるんでね」
不敵な笑みを浮かべる。
カルヴァは配置転換が終わるのを見届けていた。
愛馬黒龍の首を軽く叩く。
「今日は風が吹いてないなあ」
空を見上げる。
「でももうすぐ南の女王様に会えるかもよ」
笑った。
「楽しみだなあ」
レイナ女王は軍師サイリスからの手紙を読んでいた。
読み終えると、ふっと笑う。
すぐに顔を上げ、配下へ命令を飛ばした。
「騎兵、右翼へ展開!」
「弓兵、丘の稜線を維持!」
「重騎兵は私と来い!」
命令は次々に飛び、軍が動き始める。
従者が愛馬を引いてきた。
赤毛の名馬。
レッドラビット。
レイナは軽やかに鞍へ飛び乗る。
槍を掲げた。
「よいか!」
声が戦場に響く。
「これは誇りを持たぬ男どもへの鉄槌だ!」
人間盾を使う敵軍。
それを見て、彼女の目は怒りに燃えていた。
「目にもの見せてくれようぞ!」
兵たちの歓声が丘を震わせる。
レイナは槍を振り下ろした。
「行くぞ!」
赤い軍旗が、一斉に動いた。
ロドリゲスは城外を凝視していた。
子供たちの列。
その背後の重装歩兵。
距離。
隊列。
歩幅。
風向き。
頭の中で数字が走る。
「……もう少し待って」
弓兵たちが弦を引いたまま固まる。
「合図したらお願い」
一瞬。
ロドリゲスの目が見開かれた。
「きた!」
「いまだ!」
「上向き三十度、撃って!」
セルゴが前へ出る。
そして城壁を震わせる声で叫んだ。
「撃てい!」
矢の群れが空へ舞い上がる。
放物線を描き――
重装歩兵の隊列へ降り注いだ。
ロドリゲスが耳を押さえる。
「声大きすぎるよ!鼓膜やぶれるかと思った!」
セルゴは真顔で答えた。
「わかった。小さくする」
「しなくていいよ」
「撃てい!」
再び矢が放たれる。
そのとき。
帝国軍前列。
ヴァルドが舌打ちした。
「撃ってきやがった……ちっ」
「いくぞ!」
副官が叫ぶ。
「将軍!左です!」
「何っ!」
ヴァルドが振り向いた瞬間――
赤い奔流が戦場を切り裂いた。
スカーレット王国騎馬隊。
その先頭。
レイナ女王。
レッドラビットが疾風のように駆ける。
騎兵隊は一直線に突っ込んできた。
泣き叫ぶ子供たちの列と
重装歩兵の壁。
その わずかな隙間へ。
「速い!」
ヴァルドは一瞬の判断ミスを悟った。
人間盾を使う以上、
隊列は広く取らざるを得ない。
そこを――突かれた。
「左!」
「騎馬を止めるぞ!」
「密集体形をとれ!」
だがもう遅い。
レイナは槍を掲げた。
その声が戦場を貫いた。
「お前たちは――」
馬が跳ねる。
騎兵隊が槍を構える。
「それでも!」
怒りに燃えた目で敵軍を睨む。
「誇りある北の男たちの」
槍が振り下ろされる。
「末裔か!」
赤い騎兵の奔流が
帝国軍の隊列へ突き刺さった。
レイナ女王は、最初にぶつかった帝国歩兵の首を一太刀で刎ねた。
血しぶきが舞う。
だが女王は気にも留めない。
そのまま馬を進める。
重装歩兵の槍壁へ。
レッドラビットが跳ね、槍を踏み越える。
レイナの剣が閃いた。
また一人。
また一人。
重装歩兵の列が裂けていく。
まるで川を割る岩のように、女王の突撃は止まらない。
「女王に続け!」
後続の騎兵が怒号を上げる。
「遅れるんじゃないよ!」
赤い騎兵の奔流が、帝国軍の隊列を押し割った。
その先。
北門。
城門が軋みながら開いた。
「こっちだ!」
城内から兵たちが手を振る。
泣き叫ぶ子供たちが、雪崩のように門へ駆け込んだ。
城壁の上。
セルゴが怒鳴る。
「ボーガンに持ち替えろ!」
弓兵たちが一斉に武器を替える。
「こちらに来る兵を狙い撃ちにして」
ロドリゲスはか細い声でいう
セルゴが拳を振り下ろす。
「撃てい!」
ボルトが雨のように降り注いだ。
門へ迫る帝国兵が、次々と倒れる。
その頃――
帝国軍本陣。
グラントは、目の前を通り過ぎていく赤い騎兵の群れを呆然と見ていた。
一瞬、理解が追いつかなかった。
指示がすべて遅れている?
「……何をしておる」
我に返る。
「追わぬか!」
怒声が響く。
「はやく追え!」
私は間違ってはいない。
速い、
速すぎるのだ
一方――
カルヴァは戦場を見渡していた。
速い。
だが。
「側面はどうかな」
重装歩兵の列の切れ目。
戦場に生まれた細い通路。
そこへ馬を滑り込ませる。
そのときだった。
レイナ隊の側面へ――
何台もの馬車が割り込んできた。
「……なんだ?」
次の瞬間。
馬車の隙間から矢が噴き出した。
無数の矢。
軽騎兵の列へ降り注ぐ。
馬が悲鳴を上げて止まる。
馬車の荷台から、兵たちが次々と飛び降りた。
弓を持った兵士たち。
伏兵。
その先頭に立つ女が笑った。
「お前たちの相手は、このエレン様だよ」
剣を抜く。
「子供使わなきゃ城も落とせないお前らがさ」
唾を吐く。
「天国に行けるわけねーから」
剣を掲げた。
「この場で地獄に送ってやんよ!」
後ろの兵たちが剣を抜く。
「抜刀隊、準備いい~?」
ニヤリと笑う。
「いっくよ~」
剣を振り下ろした。
「突撃~!」
レイナ女王は、前面の重装歩兵をほぼ行動不能に陥れると、
迷わず北門へ馬首を向けた。
倒れた兵。
折れた槍。
混乱する帝国軍。
その中央を、赤い騎兵隊が突き抜けていく。
レッドラビットが城門へ向かって駆ける。
北門はまだ開いていた。
救出された子供たちが、兵に抱えられて城内へ運ばれていく。
レイナはそれを一瞥すると、小さく息を吐いた。
「……間に合ったか」
一方。
帝国軍。
ヴァルドは立ち尽くしていた。
戦場に広がる惨状。
人間盾作戦は崩壊し、
重装歩兵は混乱し、
隊列は切り裂かれている。
その原因は――
己の、一瞬の判断ミス。
ヴァルドは拳を握りしめた。
怒りを地面へ叩きつける。
「なぜ気づかなかった」
「盾に頼った時点で負けていた」
「……ちっ」
副官へ振り向く。
「負傷者を本陣に下げろ」
「隊列を立て直す」
低く命じた。
その目はすでに次の戦いを見ていた。
その頃――
戦場の片隅。
数台の馬車の周りを、ひとりの少女が走り回っていた。
矢を放つ。
敵兵が倒れる。
次の瞬間、少女は二本の小斧を抜いた。
くるりと回り、兵の足を払う。
「はいアウト~!」
元気な声が戦場に響く。
少女の名は――エレン。
スカーレット王国の兵士。
レイナ女王に憧れて戦場へ飛び出してきた少女である。
明るく、元気で、よく喋る。
弓を使い、近づけば二刀の小斧で戦う。
戦場をぴょんぴょん飛び回る姿から、
仲間からはこう呼ばれていた。
「凶暴なウサギ」
彼女は自慢げに後ろを振り返る。
そこには彼女の愛車――
お気に入りの馬車があった。
丸っこい形の補給馬車。
側面には、子供のような文字で名前が書かれている。
「カボチャプリン」
エレンは馬車の側面をぽんぽん叩いた。
「よしよしカボチャプリン」
「今日もいい仕事したね!」
次の瞬間。
彼女の目がきらりと光る。
遠く。
軽騎兵をまとめ直している男が見えた。
カルヴァ。
エレンはにやっと笑った。
「おっ」
小斧を回す。
「まだ遊べそうじゃん」
カルヴァは、目の前の少女を見て言葉を失った。
まだ幼い。
鎧も軽い。
手には小さな斧が二本。
だがその背後には、倒れた軽騎兵と、矢の刺さった馬が転がっている。
カルヴァは呟いた。
「……こんな小娘に」
周囲を見渡す。
自分の隊が散らされている。
「わが隊はやられたのか」
少女はむっと頬を膨らませた。
「小娘とは何よ」
腰に手を当てる。
「ダメな男子はね、何やってもダメなのよ」
カルヴァは苦笑した。
「なるほど」
肩をすくめる。
「言わせておけば――」
次の瞬間。
エレンが斧を振り上げた。
「抜け!」
カルヴァの剣が鞘から滑り出る。
金属音。
二人の武器がぶつかった。
火花が散る。
エレンは跳ねるように距離を取る。
「おっ、速いじゃん!」
カルヴァは剣を構え直した。
その顔には、さっきまでの余裕が少し消えていた。
「……なるほど」
静かに言う。
「ただの小娘ではないな」
エレンはにやりと笑う。
「でしょ?」
斧をくるくる回す。
「エレン様って呼んでいいよ」
カルヴァはふっと笑った。
「遠慮しておく」
剣先を向ける。
「だが」
風が止む。
戦場の喧騒が遠くなる。
「少し本気でやろうか」
エレンの目が輝いた。
「いいね!」
斧を構える。
「遊んであげる!」
次の瞬間――
二人は同時に地面を蹴った。
エレンが地面を蹴った。
小柄な体が弾丸のように飛び出す。
右の子斧が閃く。
カルヴァは軽く剣を上げて受けた。
金属音。
火花が散る。
その瞬間、左の斧が横から飛んできた。
カルヴァは体をひねってかわす。
「ほう」
エレンはそのまま足を踏み替え、回転した。
二本の斧が連続で襲いかかる。
カン!
カン!
カン!
カルヴァは剣一本で受け続ける。
「速いね!」
エレンが笑う。
「逃げないの?」
カルヴァは答えない。
ただ剣を滑らせる。
斧の軌道を受け流す。
エレンが飛び退いた。
砂埃が舞う。
「へえ」
カルヴァは剣を軽く振った。
「面白い武器だ」
エレンは斧をくるくる回した。
「でしょ?」
「特注」
「投げても戻ってこないけど」
「戻らないのか」
「戻らないよ」
「それは困るな」
次の瞬間。
カルヴァが踏み込んだ。
速い。
さっきまでとは別人のような動き。
剣が一直線に走る。
エレンはとっさに斧を交差させた。
ガンッ!
衝撃。
腕がしびれる。
「うわっ!」
エレンは後ろに跳んだ。
カルヴァは追わない。
ただ静かに言った。
「なるほど」
「ただの小娘ではないな」
エレンは息を整える。
目がきらきらしている。
「でしょ?」
「強い男子は好きだよ」
斧を構える。
「でもさ」
ニヤッと笑った。
「まだ本気じゃないでしょ?」
カルヴァは少しだけ笑った。
「鋭い」
剣を軽く回す。
構えが変わる。
空気が変わった。
エレンの目が一瞬だけ細くなる。
「お」
「それそれ」
「そういうの待ってた」
カルヴァは言った。
「怪我するぞ」
エレンは笑った。
「戦場でそれ言う?」
そして――
二人は同時に動いた。
剣と斧がぶつかる。
火花が散る。
戦場の喧騒の中で、
その場所だけが
別の戦いになっていた。
「エレンさーん! エレンさーん!」
戦場を横切って、小さな影が駆けてきた。
「城に戻ってください!」
「女王様がお待ちでーす!」
ユンナだった。
息を切らしながら手を振る。
エレンは振り向いた。
「えー?」
「今いいところなんだけど」
カルヴァは二人を見て、小さく笑った。
剣を鞘に戻す。
「エレン、か」
その名を確かめるように呟く。
「名を覚えた」
近くの馬の手綱をつかむ。
軽くまたがると、振り返った。
「また会おう」
次の瞬間、馬を蹴る。
カルヴァはそのまま帝国本陣へと駆け去っていった。
土煙が遠ざかる。
(よかったーこのまま続けてたら負けてたかも)
しばらくして――
エレンとユンナは、互いをじっと見つめた。
じろじろ。
頭の先から足元まで。
沈黙。
そして同時に、ぱっと目を輝かせた。
「同志!」
二人は勢いよく抱き合った。
「わかる!」
「わかるでしょ!」
「わかる!」
くるくる回りながら笑う。
ユンナが言った。
「エレンさん、めっちゃ強そう!」
エレンが胸を張る。
「でしょ?」
「ユンナちゃんも速そう!」
「女王様かっこいいですよね!」
「わかる?」
二人は再びがっちり抱き合った。
その様子を見ていた城の兵が小声で言う。
「……戦場だよな?」
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