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「怖い……。勇信さん、怖いよ……」

 

「星花、しっかりするんだ」

 

勇信はすぐに携帯電話を取り出し、救急車を呼んだ。

病院に運ばれた菊田星花は、パニック障害の診断が下された。

 

医師によると、極度のストレスが発症の原因だという。

 

大学を卒業したばかりで経験もないまま大型店舗を経営することになり、その上社会経験の多い社員たちに指示を出してきた。

プレオープンまでのあらゆる困難を解決してきた菊田星花は、一時も緊張を解くことができないまま走り続けた。

 

そうした状況でプレオープン日を迎えた。

十分なシミュレーションは行ってきた。しかし店を訪れた生身の客を見て、星花の緊張とストレスは極に達し、そのまま発病してしまったのだ。

 

病院のベッドで、星花は幾度となく泣いた。

自分の不甲斐なさと、病を抱えるような心の弱さを責めた。また吾妻会長との約束を果たさないまま店をほっぽりだしたことをずっと悔いた。

勇信がいくら心を落ち着かせるよう伝えても、星花は自らがもつ弱さを恨み嘆いた。

 

闘病生活は長引き、苦心の末、星花は店をあきらめるとの決断を下した。

店に戻りたいという強い意志はあったものの、現実的に体がついてこなかった。

彼女の適性はショップの経営とは合わなかったのだ。

 

店は吾妻グループがそのまま買収し、マネージャーとして雇った社員が店長となって店を支えた。

経験豊かなスタッフが昼夜を問わず仕事に邁進した結果、店は人気店となって現在も黒字計上を続けている。

 

菊田星花はそれ以来、一度も店を訪れてはいない。

常に心を落ち着かせ、興奮しないよう心身をコントロールする日々だ。

パニック障害を患ってからというもの、刺激となるものから自らを遠ざけ、いつも穏やかな暮らしを心がけて生きてきた。

 

「あのとき勇信さんがいてくれたから私は助かった。今さらだけど、どれだけありがたかったか知ってる? 店をあきらめろって本気で言ってくれたのは勇信さんだけだった。

たかが店のひとつで命をかけるんじゃないって言ったのよ。さすが吾妻財閥よね。だけどその言葉のおかげで、私の病気は最悪の状況に至らなかったんだと思う」

 

「店をあきらめろと言ったのは俺じゃない。勇太兄さんだよ」

 

「あら、忘れちゃったみたいね。財閥の御曹司さんにとっては、あまりに小さな規模だから仕方ないかもね」

 

「いや、兄さんも俺と同意見だったから、誰が言ったかはっきりしないだけさ」

 

「とにかくあのとき助けてくれたこと、今でも感謝しているわ。あのまま店に固執していたら、私はたぶんこの場にすらいられなかった」

 

星花の言葉の意図が、プラスマイナスはわからなかった。

彼は腕時計で時間を確認した。そして携帯電話を手に取って、他の勇信と通話が切れていないか確認した。

 

そろそろ終わらせないと、単に間延びするだけでプラスにはならない。

そんな思いがプラスマイナスの頭にあった。

 

「あの日から多くの時間が流れた。星花の体も心もかなり良くなったみたいだから、これからは俺がいなくもしっかりと歩いていってほしい」

 

「どうして別れたいの?」

 

「やるべきことが山積みだ。残念なことに、恋愛に割いている時間なんてない」

 

「勇信さんは別にワーカホリックでもないし、趣味生活も楽しめる人だったじゃない。それなのにどうして急に仕事に集中するって言うの? 理解ができないわ」

 

「勇太兄さんが変わってしまった」

 

「勇太お兄さんが?」

 

プラスマイナスは勇太が掲げたグループの改革について簡略に伝えた。

急速な変化によって会社全体が極度の緊張に包まれており、自分はこうした状況を少しでも改善するために努力しなければならないと説明した。

 

「このまま放っておけば、君のようなパニック症状を患う社員たちが出てくる。それだけは阻止しないとな」

 

星花は何も答えなかった。

ただ周りを振り返り、人々の視線が自分に向けられていないか確認した。

 

「わがままな言い分だが、今まで俺のことを理解してくれた分、別れたいという話も理解してほしい」

プラスマイナスにとって、これは最後のセリフだった。

 

「いえ、勇信さん、私はあなたとは別れません」

 

菊田星花は目の前に置かれた水をゆっくり飲んでから、薄い笑みを浮かべた。それはそよ風が舞う程度の小さな変化だった。

彼女の口調には相手を批判する要素も、また自分の感情を押し通すような起伏もなかった。

 

「理由はすでに説明した。理解してほしい」

 

「一方的な意見だけでなく、こっちの理由も聞いてくれるかな」

 

「わかった」

プラスマイナスは背筋をまっすぐに伸ばした。

 

「簡単に言うなら、勇信さんに起こっている変化を私は知っているわ」

 

「ああ、これから色々な変化があるはずだ。だから別れようと言っている」

 

「それは勇信さんの考えでしょう?」

 

「それは当然だ。恋人というのは、どちらかひとりが去る決心をすれば終わるものだと思うけど」

 

「私が言いたいのはそういうことじゃないわ。ねえ、勇信さん。他の勇信さんも同じように私と別れたいと思ってるの?」

 

「他の勇信? それはどういう意味だ?」

 

「勇信さん……。あなたはいったい何人?」

菊田星花の目に色濃い感情の線が現れた。

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