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冒涜的ジャナインデスガ…
夜だった。この世界は、だいたい夜だ。
海はひらけている。
どこまでも、なにもない。
いかだは軋む。
割れた板の隙間に、少女の足が少し引っかかる。
「……」
何も言わない。
絡まった海藻を引き剥がし、口に入れる。
塩の味。少し硬い。
空は暗い。
月だけが、やけに白い。
少女は座る。
古びた釣り竿を持つ。
軽い。
安い。
折れそう。
でも折れない。
投げる。
糸が、月光を細く受けて、まっすぐ落ちていく。
しばらく、凪。
音は少ない。
海がいかだを撫でる音だけ。
──とん。
竿先が沈む。
少女はゆっくり立ち上がる。
いかだが揺れる。
でも、落ちない。
落ちない。
「……かかった」
巻く。
海の下で、長いものがうねる。
触手。
いくつも。
いかだに絡みつこうと伸びる。
少女は見ている。
逃げない。
巻く。
水に属するものは、逃げられない。
やがて海面が裂ける。
暗い塊が、引きずり上げられる。
いかだの上に、落ちる。
音は、あまりしない。
次の瞬間。
そこにあるのは、白くやわらかい魚肉の塊 。
少女はしゃがむ。
拾った金属のくぼみに、それを置く。
海水を少し足す。
火はない。
でも、これでいい。
「……今日は、多い」
誰もいない。
少女は食べる。
味は、少しだけ違う。
遠く、海のどこか深く。
沈んだ太陽が横たわっている。
光らないまま。
少女は知らない。
知ろうともしない。
食べ終わると、また座る。
海は凪いでいる。
空と水の境目が、わからない。
少女は竿を持つ。
投げる。
糸が、闇へ落ちていく。
彼女は特別ではない。
世界を守ってもいない。
終わらないことも知らない。
ただ、生きている。
海があるから。
夜が続くから。
竿先が、また、わずかに沈む。
少女は少しだけ、糸を引く。