第14話 声優の影
配信
「こんばんは〜、“はごろもまごころ”だよ!」
画面に登場したまひろは、今日は緑色の半袖パーカーに緑のハーフパンツ。首から小さなキャラクターのキーホルダーをぶら下げ、足元はスニーカー。ぱっつん前髪の下の大きな瞳が、無邪気な光を放っていた。
隣のミウは、モカのブラウスにベージュのロングカーディガン、淡いグレーのスカート。髪はハーフアップでまとめ、耳には小さな花の形のイヤリング。落ち着いた笑みを浮かべ、画面を見守っていた。
まひろが少し困ったような声を出す。
「ねぇミウおねえちゃん。すごく人気のある声優さんがいるんだ。声がかっこよくて、アニメもゲームもたくさん出てて……ぼくも好きなんだけど……」
コメント欄に「誰だろう!」「大好きな人!」と熱気が広がる。
「でもね、現場でスタッフを困らせることがあるって聞いちゃって……ほんとかなぁ? ぼく、ちょっと心配になっちゃったんだ」
疑惑の芽生え
ミウがやわらかく笑みを浮かべて首をかしげる。
「え〜♡ 演技が上手でファンも多いのに、もし裏でスタッフさんを困らせてたら……ちょっと悲しいよねぇ」
「うん……ぼくはただ、“ほんとにみんなに優しいのかな”って思っただけなんだ」
コメント欄は「信じたい」「でもそんな噂聞いたことある」と揺れ始めた。
レイNews記事化
その夜、「レイNews」には記事が並んだ。
- 人気声優X氏、現場での“態度”に疑問の声
- 匿名スタッフ証言「リハーサルで何度も中断」
- SNSで拡散『裏では怖い人?』
- 過去インタビューを検証 “演技は戦い”発言の真意
- ファンコミュニティ内でも動揺「信じていいのか」
記事は淡々とした文体だが、断片的な証言をつなぎ合わせて「問題児」の像を作っていた。
匿名コメントの多くは、全く別の声優に関する話を巧妙に“置き換え”ただけだった。
群衆の暴走
翌日SNSでは「#声優の影」がトレンド入り。
「やっぱり裏では態度悪かったんだ」
「ファンを裏切った」
「仕事相手に迷惑かける人は許せない」
まとめサイトは「国民的声優の仮面」と見出しを打ち、ワイドショーでは過去の舞台裏映像を流しながら「確かに不機嫌そうに見える」と煽った。
結果、出演予定だったイベントは中止、タイアップ商品も販売延期。
ファン同士の衝突も激化し、応援コミュニティは分断された。
クライマックス
数日後、声優X氏は「スタッフに迷惑をかけたことはない」と否定コメントを発表。
だが、その一文は再び記事化された。
「否定の言葉、逆に疑念を深める」
沈黙しても話しても、出口はなかった。
結末
夜の配信。
まひろは緑色のパーカーの袖をぎゅっと握りしめ、無垢な瞳でカメラを見た。
「ぼく……ただ“心配だな”って思っただけなのに」
ミウはふんわり笑い、両手を胸の前で組んだ。
「え〜♡ でも、考えるきっかけになったんだから素敵だよね。
声だけじゃなくて、人柄も大事だもん♡」
コメント欄は「気づかせてくれてありがとう」「応援の仕方を考えたい」で溢れる。
その裏で、ミウのパソコン画面には次の記事の下書きが表示されていた。
ターゲットは歌手、芸人、そして人気アイドル。
すでに見出し候補が5本、入力済みだった。
無垢な声とふんわり同意、その裏でひとりの声は“影”に塗りつぶされていった。