私が考えている時、ポケットに入っているスマホが鳴った。
着信先の相手は、奏多さんだった。
「どうしよう……。出ないと怒られるよね?」
「はい?」
<お前、いつまで醤油買いに行ってんだよ?>
「すみません。もう少しで帰るので」
<……。なんで嘘ついてんの?醤油、家にあったけど……>
バレている、どうしよう。
「ごめんなさい」
とりあえず、謝ることしかできない。
<なんかあったの?>
怒らないんだ。
理由を聞かれても答えられない。
かといって、もう嘘はつきたくない。
「言いたくありません。気にしないでください。心配してくれてありがとうございます。ちゃんと帰りますので」
そう言って、一方的に電話を切った。
奏多さんが悪いわけじゃないのに、淡々と答えてしまった。態度も悪かった。
「私、最低だよね」
帰ると言ったが、ブランコから座ったまま立ち上がれない。
よくわからない感情にイラ立ち、また涙が出てきた。
俯いて涙を拭っていると、後ろから誰かに抱きしめられた。
やばい、不審者?
「やめっ」
抵抗しようとしたが、後ろからいい匂いがした。
私の知っている香水の匂い。
そして、私が握ったことのある手。
「奏多さん」
「お前、心配するだろ?」
彼の顔は見えないが、耳元で聞こえてくる彼の声は怒ってはいなかった。
絶対怒っていると思ったのに。
「ごめんなさい」
思わず、彼の手に触れてしまった。
「回りくどいの嫌いだから、率直に聞くけど、今日発売の俺の雑誌見ただろ?」
ビクンと私の身体が反応してしまう。
どうしてわかるんだろう。
「見ました」
「最後のページ見て、俺がモデルとキスしたと思っているだろ?」
「はい」
「やっぱりな。あれな、角度によって見える、キスしている風だから」
「えっ?」
「まあ、あの雑誌見たら勘違いするやつの方が多いと思うけど。あれ角度と編集だから。実際はしていない。俺は、そういう仕事NGにしてるから。俳優とかじゃないし、そういう仕事が本業じゃないからな」
なんて勘違いをしてしまったんだろう。
でもそれを知った瞬間、とても心が軽くなった。
「俺が他の女の子とキスしたと思って、妬いてくれたの?」
奏多さんが耳元で囁く。
違うと本当は否定したいけれどーー。
「はい。あの写真を見て、すごく悲しくなりました。それは本当です」
私にはこれ以上のことは伝えられなかった。
自分の気持ちに気づいてしまったけれど、まだ認めたくない。
「……嬉しい」
奏多さんが一言だけ呟いたのが聞こえた。
「さぁ、帰るぞ」
彼は私を離して前に立ち、手を差し伸べてくれた。
「はい」
私もその手をとって、二人でマンションに帰る。
マンションに帰るまで、彼はずっと手を繋いでくれていた。
「温かいお茶淹れますね。何がいいですか?」
「んー。これからもうちょっと仕事しなきゃいけないから、珈琲淹れて」
「わかりました」
公園から帰ってきて、リビングのソファで過ごしていた。
てっきり帰ってきてバカにされると思ったが、そんなことはなかった。奏多さんは、リビングのソファで何かの資料を見ている。
「私、先にお風呂入ってきてもいいですか?」
「あぁ。寒かっただろ?今日はシャワーじゃなくて、風呂入れよ?」
「はい。ありがとうございます」
今日は彼の言葉に甘えてお風呂に入ることにした。お湯に浸かりながら、考える。
私、奏多さんのことを好きになっちゃったの。
「はぁぁぁ」
大きなため息をつく。
絶対叶わない恋、好きになってはいけない相手であることはわかっていたはずなのに。
私はただの一般人、彼の経営する成瀬書店のアルバイト兼彼の家政婦。そんな立場。
この先、一緒にいることが本当に正しいことなの?
自分の気持ちに気づいてしまった以上、離れた方がいいのかな。
でも、まだそんなお金に余裕がない。
住み込みで働かせてもらえるところとか探した方がいいのかな。いつまでもこんな幸せな生活をしていたらダメだ。
成瀬書店も辞めて、奏多さんともう会わない方が……。
繰り返し同じようなことを考えている。
が、結論には至らないし、全然、頭が働かない。
「花音。いつまで風呂入ってんだ?のぼせるぞ?」
脱衣所から声をかけてくれているのだろうか、奏多さんの声が聞こえた。
「あっ、はい!もう出ます!」
そんなに時間が経っていたのだろうか。
慌てて浴槽から出ようとした。
その時、少し眩暈がした。
あっ、本当にのぼせちゃったのかも。
フラフラしながらお風呂場から出て、タオルで身体を拭く。頭がクラクラする。
奏多さんが声をかけてくれて助かった。
あのままだったらもっと酷いことになっていたかも。
壁に寄りかかりながら、とりあえず下着だけでも……。なんとか下着は着ることができけど……。
ダメだ、倒れそう。
そう思った瞬間、私はその場に倒れてしまった。
「今すごい音したけど、大丈夫か?」
廊下で待っていてくれたのだろうか、奏多さんの声が聞こえる。
意識はあるが、立ち上がることができない。
しかも、下着だけの状態で。
どうしよう。
ここは、恥ずかしがっている場合じゃないかな。
どうせ私の下着姿なんて見たって、彼は何にも感じないだろうし。
「奏多さん……。ごめんなさい。のぼせちゃって」
「はぁ!?ちょっと入るぞ」
ガラっとドアが開く音がした。
「おまっ!大丈夫かよ?」
「ごめんなさい。いろんなこと考えてたらのぼせちゃって。しばらく休めば平気だと思うんですけど」
脱衣所で下着姿で倒れている私を見て、彼は驚いている様子だった。
「とりあえず、ベッドに行く」
彼は、バスタオルを私にかけてくれた。
そして軽々と私を持ち上げ、寝室に運んでくれた。
「あれっ。こっちって、奏多さんの寝室じゃないですか?」
コメント
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かっこいい、!!✨ こんなのされて、好きにならない人いるんか、って感じ、!!