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杖を地面に立てる。それだけで強力な魔力が周囲を満たす。魔物であるコボルトロードは、その強さを感知して、一瞬だけ体をビクつかせた。怪物として、コボルトの王として君臨する者が、臆病にも驚いたのだ。


『グルル……本当に人間か?』


「ああ、人間だ。ちょっぴり強いだけのね」


杖を振るうわけでもなく、翡翠の宝玉に流れた魔力が強い風となって吹き荒び、怪物の身体を持ち上げて壁に叩きつける。だが、やはりコボルトロードだけあってか、それくらいではビクともしない。


すぐに体勢を整え、戦斧を握り締め、ヒルデガルド目掛けて勢いをつけて突進する。彼女に狙いを澄ませた一振りは、うねるような魔力の波が壁となって阻まれる。何度執拗に攻めてみても結果は同じ、決して刃は届かなかった。


『クゥゥゥゥオオオォ!! 人間風情がァ!』


怒り任せに戦斧を振るい続け、ぜえぜえと息が切れ始める。ヒルデガルドが涼しい表情をしているのに腹を立ててがなったが、彼女は意にも解さぬような変わらない様子で杖を持って立ち続け、怪物を見つめた。


「さて、悪いが時間も惜しい。こちらも攻めるとしよう」


杖を小さく持ち上げ、地面を軽くコンッと叩く。


隆起した地面が形を柔軟に変え、巨大な2本の腕になる。広げた両手がコボルトロードを容易く捕らえ、しっかり握って放さない。締め上げる力は強く、人間であればとっくに全身の骨が粉々に砕けていてもおかしくない。


『グオオォォォォッ……!!』


苦しみにうめき声があがる。あっさり息の根を止めるつもりだったが、怪物の頑丈な身体は易々と砕けたりはしなかった。


コボルトロードは、歴戦のコボルトが、ある時期を過ぎたときに変異──あるいは進化とも──して生まれる。通常では考えれない大柄な体躯。人間にも劣らない知能。戦闘においては本能的に襲い掛かるが、行動は理性的で、強さそのものは個体によって差はあれど、目の前にいる個体はとてもブロンズでは歯が立たない。


「終わりだ、ひと息に締め上げて──」


すうっ、と大きくコボルトロードが息を吸い込む。ヒルデガルドは怪訝な顔で言葉を途切れさせ、じっと見つめる。──直後、洞窟内を震わせるほどの強烈な咆哮が響く。


『ウオオオオオオオオォォォ!!』


叫び声が岩盤を砕き、ヒルデガルドはハッとして頭上を見た。コボルトロードが窮地を脱するために選んだ命懸けの策。ヒルデガルドを崩落に巻き込もうとしたのだ。ロードともなると肉体の頑丈さは通常のコボルトの比ではない。たかが岩盤の崩落程度では、多少の痛みを伴っても死を意識するほどの問題にはならなかった。


そのうえ、王になる素質を持った者は狡猾で、言葉が理解できるだけでなく流暢に話し、人間がいかに脆く弱い存在であるかを知っている。いくらヒルデガルドが彼にとって常軌を逸した強さを持っていたとしても、岩の重さに耐えられるはずがないと仕留めに掛かった。──だが、想定は軽々と覆される。


「なかなかに賢い。しかし所詮は浅知恵だ、私にとっては」


瞬間、ヒルデガルドの持つ杖から放たれた、淡く輝く青い炎を思わせる魔力の波動が岩を砂のように砕く。目を疑うような光景にコボルトロードは絶句した。目の前にいる人間は彼が今まで見たことのない|怪物《ほんもの》だったのだから。


「力量を見誤ったな」


果物を握りつぶすかのように、コボルトロードを捕える土くれの手に力が籠る。ばきばきと鈍い音を立てさせ、悲鳴もないままに、ただ血反吐を散らした魔狼の王は、解放されると地面にぐったり倒れて動かなくなった。


「同族を喰らうほどの凶暴な個体が現れるとはな。そこまで飢えているようには思えなかったが……やはり変異の影響が大きいのか?」


ローブを脱ぎ、死骸に被せる。周囲に散乱したコボルトたちの死骸は、もともと群れだったのか、それともコボルトロードが食糧として蓄えたのかは分からない。とにかく洞窟内にあった最大の脅威は、彼女の手で消えてなくなった。


再び彼女は歩きだし、複雑に入り組んだ迷路のような内部を何の躊躇も迷いもなく進んでいく。


(しかし、あれほど強力なコボルトロードがウロついているなんて驚きだ。かなり凶暴だったし、五年前の世界がいちばん荒れていた頃を思い出す。魔塔の件もあるし、私が思い描いた世界は、どこにあるんだろうな)


命懸けで戦い、必死になって前に進み続けた日々。すべてが終わったときの空の青さは今も思い出深い。だが、それとは真逆に、希望に満ちていてほしかった世界は、以前よりも淀みが酷くなった気がした。魔王という脅威が去ったことで、善悪問わず生きるためにもがいていた人々の中で、元から悪人だった者たちが、いっそう弱者を食い物にしているのではないか、と。


間違った世の中を変えられるとしたら──。そこまで考えて、振り払う。頼れる者など世界のどこにもいない。自分をおいて、他には。


「……ヒルデガルド?」


ぼんやりと足下を眺めながら歩いていると、声を掛けられる。前に向き直ってみれば、額から血を流すイーリスの姿があって、驚きに息が詰まった。


「だ、大丈夫か? 怪我をしてるじゃないか」


「あ、見た目だけだよ。いきなり通路が崩れてさ」


額の血をローブの裾で拭う。白い布地がべったり赤く染まった。


「さっきまで戦ってたんだよ、ボクひとりでね。だけど、さっきどこかから叫び声みたいなのが聞こえて……そしたらみんな、コボルトロードが近くにいるって怯えちゃって逃げだしてさ。一人でもとっ捕まえてやろうと思ったらコレだよ」


顔色は悪くなく、立ち姿もしっかりしている。本人が言う通り、怪我は大したものでないが、前頭部に軽い裂傷を負ったために出血がひどく見ているのだ。ヒルデガルドは心配ながらも、安堵の息をもらす。


「無事ならいいんだ。少し休んだら帰ろう」

大賢者ヒルデガルドの気侭な革命譚

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