「……康二」
誰かが、俺の名前を呼んだ。
その声はひどく掠れていて、心配の色が滲んでいる。
でも、今の俺には、それが8人のうちの誰の声なのか、もう判別がつかなかった。
耳鳴りがひどくて、まるで水の中にいるみたいに、全ての音が遠い。
一歩、また一歩と、誰かがこちらに近づいてくる足音がする。やめてくれ。こっちに来ないで。俺を見ないで。ボロが出ちゃうから。バレちゃうから。
後ずさりたくても、ソファに縫い付けられたように体が動かない。ただ、近づいてくる気配に、全身がこわばっていく。
その時だった。
ガッシャァァン!!!
誰かの足が、隅に置かれていたスタンド式の照明機材に引っかかったのだろう。
金属が床に叩きつけられる、耳をつんざくような大きな音が楽屋に響き渡った。
その瞬間、康二の世界から、色が消えた。
(―――ガッシャーン!と凄まじい音を立てて、上に置かれていた資料やペットボトルが床に散らばる。)
昨日の、あの薄暗い楽屋。机を蹴り上げるAの姿。あの時の絶望的な光景と、目の前の楽屋で鳴り響いた音が、完全に重なった。
🧡―――――っ!!!
息が、喉に詰まる。
🧡ひっ…ぅ、はっ、はぁっ…!ひゅっ…!
空気を吸おうとすればするほど、肺が酸素を拒絶する。苦しい。喉が締め付けられるように痛い。
🧡ごめ…っ、なさ…!ごめ、なさぃ…っ!
何に対して謝っているのかも分からないまま、ただひたすらに謝罪の言葉を繰り返す。あの時と同じだ。殴られながら、蹴られながら、ただ「ごめんなさい」と繰り返した、あの地獄の時間。
「康二!?」
「おい、しっかりしろ!」
メンバーたちの焦った声が聞こえる。でも、もう何も耳に入らない。頭の中は、Aの怒鳴り声と、あの暴力の音と、激しい痛みでぐちゃぐちゃになっていた。
🧡いや…っ!やめて…!こないで…っ!
近づいてくるメンバーの手を振り払い、ソファの隅に体を寄せて蹲る。ガタガタと震えが止まらない。過呼吸で目の前が白んでいく。
大丈夫なフリなんて、もうできなかった。必死に隠していた心の傷が、たった一つの音を引き金に、メンバーの目の前で無惨に抉り出されてしまった。
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