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「ちょっ…こいつ、体熱すぎんだけど!」
深澤の焦った声が、楽屋に響いた。一瞬、思考が停止する。目の前でぐったりと意識を失いかけている康二と、その異常な体温。深澤の心臓が警鐘のように鳴り響くが、「ここで俺が焦ってどうする」と瞬時に自分を叱咤した。最年長として、今すべきことは冷静な判断だ。
「佐久間はマネージャーに電話!すぐに来れる病院探してもらって!翔太は洗面所でタオル濡らしてきて、急いで!」
矢継ぎ早に指示を飛ばすと、深澤は康二の体を楽な姿勢になるように支えながら、近くにいたスタッフに声を張り上げた。
「すみません!誰か救護室から氷嚢持ってきてもらえますか!」
「わかった!」と即座に携帯を取り出す佐久間。「ちっ…」と舌打ちしながらも、足早に楽屋を出ていく渡辺。緊迫した空気の中、それぞれが最善を尽くす。ぐったりとした康二の荒い呼吸だけが、やけに大きく聞こえた。
病院の白い天井を見つめながら、康二はぼんやりとしていた。診断結果は、ストレスと過労によるただの風邪。しかし、高熱だったこともあり、大事をとって一日だけ入院することになった。点滴の針が刺さった腕が、やけに重たい。
夕方になると、仕事終わりのメンバーたちが代わる代わる顔を見せてくれた。
「康二、大丈夫?無理しすぎなんだよ」と 心配そうに眉を下げるラウール。
「今日の分のカロリー、明日の差し入れで倍にしてやるからな」と彼らしい励ましをくれる宮舘。
「ゆっくり休め。あとは俺らに任せろ」と力強く頷く岩本。
「ほら、これ欲しがってた雑誌。暇つぶしにでも」とさりげない優しさを見せる阿部。
深澤、佐久間、渡辺も再び来てくれ、口々に「驚かせやがって」「早く元気になれよ」と声をかけてくれる。人の気配が絶えない病室は賑やかで、康二の心も少しだけ軽くなった。
しかし、康二の目は、無意識に来訪者の向こう側、病室のドアをずっと探していた。
(めめは…?)
何人ものメンバーが出入りする中で、あの長身の姿だけが、最後まで現れることはなかった。
メンバーたちが帰り、一人きりになった病室は、先ほどまでの賑わいが嘘のように静まり返っていた。点滴の落ちる音だけが、時を刻む。その静寂が、康二に現実を突きつけた。
めめは、来なかった。
楽屋での、あの冷たい瞳が脳裏に蘇る。『人のミスばっか責めてんじゃねぇよ!』という怒声が、耳の奥で何度も反響した。
やっぱり、嫌われたんや。
俺の顔なんてもう見たくもないんや。
そう思った瞬間、熱で潤んでいた瞳から、再び涙がぽろぽろと零れ落ちた。体調の弱さと心の傷が、康二の感情のダムをいとも簡単に決壊させる。
「…っ、う…ひっく…」
誰に聞かれることもない病室で、康二は子供のように声を上げて泣いた。謝りたい。でも、会ってくれないかもしれない。あの優しい声で、もう二度と「康二」と呼んではくれないのかもしれない。
真っ白なシーツを濡らしながら、康二はただ、来ない誰かのことばかりを考えていた。