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皇帝の血色の瞳と目が合う。
全盛期は綺麗だったのかも知れないが、その瞳はリースとは似ても似つかぬ血色だった。リースの瞳の方がよっぽど綺麗なルビーだ。その瞳から、もしかしたらもう既にエトワール・ヴィアラッテアに洗脳されているんじゃないかとも思った。でなければ、やはり、エトワール・ヴィアラッテアという人間を皇帝が受け入れないから。
まあ、そうだったとしてもはじめから皇帝は古い思想の持ち主なのかも知れない。聖女はこうあるべきだ、という考えや、息子の話を聞き入れないなど……上げだしたら一杯あるんだけど。リースが嫌うのも無理ないし、というか私でもそんな親は嫌だ。無関心な親も親だけど。
(でも、くっしてやらないんだから……)
自身の中にある罪は認めても、皇帝の権力を振りかざした滅茶苦茶なものにはくっしないと私は強く、自分の心を叩いた。
心が折れているのか、折れていないのか、自分でも曖昧だと思った。
逃げるという選択肢を二日前に蹴ったことで、もう逃げるなんてことは出来ないと思った。頑丈に巻かれている縄にもかすかな魔力を感じるため、この縄は、魔力を封じる作用があるのではないかと思った。そんなことしても逃げないのに、といいたくなったが、念のためだろう。
私がゆっくりと顔を上げると、群衆は見たくないというように顔をしかめ出す。私と目が合ったら呪われるとでも思っているのだろうか。本当にどうかしてしまう。
自分の目の前に死があるというのに、どうして私はここまで強気なのだろうか。諦めているし、逃げもしないし。希望というものが虚構であることを知っても尚、私は何も知らない群衆に対して冷たい目を向けている。元々、人間という生き物は好きじゃなかった。人間不信もあったし、自分の好きなものに囲まれていたい人生だったから、外界を遮断していた。此の世界にきて、それが少しずつ解消されつつ、でも根本的なところは変わっていなくて。それが今の私なんだろう。
私の後ろには、エトワール・ヴィアラッテアがいて、また「いい気味ね」なんて呟いている。もう飽きた台詞に私は溜息も出なかった。
私は、皇帝と対峙し、いまできる精一杯の憎悪の顔で皇帝を睨み付けた。皇帝はふんぞり返るだけだ。
執行人たちは両脇から私のことを睨み付けている。
「死刑囚、エトワール・ヴィアラッテア。貴様は、自分の罪を自覚しているのか」
皇帝から投げられた言葉。さて、どう答えるのが正解だろうか。私は悩んだ。どうせ、ここで真実を話しても受け入れて貰えない。でも、嘘をつくのも違う。本当をいって罵られるのも大概気分が悪い。けれど、ここで本当を主張しなければならないと思った。
私は、水を求める喉を開いていった。
「自覚しております。あの夜、皇太子殿下と聖女様のパーティーにて、私は魔力を暴走させ、多くの貴族を虐殺しました。しかし、あれは仕組まれていたことです」
私がそう言うと、群衆は怒りの声を上げた。
「そんなわけないだろう。この嘘つきが」
「この期に及んでよくそんなことが言える」
「稀代の悪女だ。生かしてはいけない。その口を縫い付けろ」
(酷いいわれよう……)
別に、平民たちには何もしていないだろう。と私は彼らを呆れた目で見た。それが彼らの神経を逆撫でしたらしく、ものを投げようとするものがあらわれ、さすがにそれはダメだと騎士達が留めた。先ほど散々投げられたので、また石でも投げられたら、首を落とされる前に当たり所が悪くて死ぬかも知れないと思った。本当に世紀末というか、荒々しいというか。災厄の時よりももっと酷い状態になっているんじゃないかと思った。
災厄は、人の醜い部分を引き出していたけれど、そんなことをしなくても、人間は醜い存在だと思う。私含めて。
今回のことは、貴族側は怒ってもいいかもしれないが、平民たちが怒る必要はないんじゃないかと思う。彼らには本当に何もしていないのだ。ずっと、此の世界にきてから。勝手にあっちが、違う、と理想の聖女像を押しつけ、私を嫌っていただけ。ガヤをとばさなければ生きていけないのかというくらい彼らは怒り狂っていた。それほどまでに、聖女を名乗った罪というのは重いのかも知れない。
勝手に召喚して、違う、なんて酷い話。
元を辿ればそこに行き着くんだけど。
「仕組まれた。誰が貴様にそんなことをしたというのだ。する必要がないのではないか」
「……お言葉ですが、陛下」
何故、あの裁判で聞き入れられなかった私の話が今になって聞き入れられ……話さなければならないのだろうか。私を笑いものにしたいらしい。
皇帝は、ヒゲを触りながら私を舐めるような目で見下ろし、笑った。不気味でひじゃけた笑い。
私は構わず続けた。
「パーティーでは、大人しくしていました。私は、私の監視役であるエルにジュースを渡され、それを飲みました。その後、魔力が暴走したのです」
「貴様は、自分の罪を認めていないようではないか。人のせいにするな。そんなものあるわけがないだろう」
そうだ、そうだ、とガヤがとばされる。
私は後ろにいるであろうエトワール・ヴィアラッテアを見た。彼女は「ですって」なんて、面白そうに笑っている。やはりグルなのだ。私が、こう意見することもきっと計算の中に入っていたのだろう。結局何をしてもダメじゃないか。
こんなことでは絶望しなかったが、周りに味方がいない状況は心にくる。苦しく、圧迫されるような思いになりながらも、私は真っ直ぐと前を向いた。いいたいことは言えた。でも、もう誰も信じてくれない。
「貴様がどれだけ嘘をつこうが、もう証拠は揃っている。ここは、法廷ではないからな。寛大な心で、最後に聞いてやっただけだ。だが、それでも嘘をついた。少しは恥じるんだな」
「……私は、嘘をつきません」
「偽物のくせに、聖女を名乗っていたではないか」
「勝手に私を召喚して、聖女だっていって、でも聖女じゃないって……振り回したのは、この国の人じゃない!私は、人を殺したことについては認めている、反省している。一生かけても償いきれないと思っている。でも、それ以外は違う、私じゃない!」
刑場に沈黙が流れた。それも一瞬で、また怒濤の声に飲まれる。
「この嘘つきが!」
「まだ嘘をつくのか!皇帝陛下の前で!」
「死んで改心しろ!地獄に落ちろ!」
誰にも私の声なんて届かない。無力、絶望。もう、いい、もういいから。
耳を塞ぎたくなった。でも、塞ぐことなんて出来やしなかった。ギチギチと、音を鳴らして私の枷がよじれる。執行人たちは私の様子を伺っていた。
皇帝はそれを見て、スッと手を挙げた。
「余興はこれぐらいにしておこう。もう、貴様の顔など見たくないわ。女神と聖女を侮辱したこの悪女が」
「……」
私は執行人に取り押さえられ、断頭台へ貼り付けられた。身体を固定され、頭を固定される。もう光を失った銀色の髪は酷く寂しく、白く見えた。
群衆は今か今かと私の死を待っている。
ああ、もうそんなにしんで欲しいなら死んであげるから。
ここまで来れば、もう諦めとか絶望とか、そういう境地は越えてしまう。その向こうにある虚無感を、私は感じていた。けれど、ここに来て、エトワール・ヴィアラッテアがいった、リースを奪う、という言葉に、死にたくない、という気持ちが乗っかってくる。私が死んで、この身体をエトワール・ヴィアラッテアが取り戻して、世界を巻き戻したら。リースの隣は、私が嫌いな彼女になってしまうのだろうかと。それだけは嫌だった。
私は無駄な抵抗だと分かっていても、身体を揺らした。固定されてしまえばもう身動きなんてほぼほぼ取れないようなものだった。視界にうつるものの高さが変わったことで、刑場に集まった人の中から、私の親しい人は見つけられない。ルクスも、ルフレも……リュシオル、アルバ、グランツ、トワイライト、ブライトも。もう何処にいるか分からなかった。
今更助けてっていっても、もう彼は助けてくれないだろう。
好きだった、一緒に逃げたいっていっても、もう彼は私の恋人じゃない。
ねえ、なんでだろう。今になって生きたいっていう気持ちが出てくるのは。
「エトワール・ヴィアラッテア、最後に言い残すことはあるか」
「……言い残す、こと」
皇帝は笑う。
私は、ここにいる人達全員を呪えるような殺意はない。でも、この状況を作り出した彼女には恨みも、憎しみもある。異世界転生なんてやっぱり良いものじゃないよ。都合のいい物語なんてない。
アントワネットのように最後に笑えない。そんな誇り高く、気高い人間じゃないから。
最後に言い残すことはあるか。
誰も呪えない、誰も助けてくれない、希望なんてない。
私は何を言い残せばいい? 願えばいい?
パッといわれても思いつかなかった。正解が分からない。
「……………………りーす」
視界の端にうつる黄金が。私の推しの顔、声。全部好きだよ。
でも、中身がアンタだったから好きだった。
皇帝が手を挙げる。もうじき下ろされるギロチンの刃を私は見ることは出来ない。ただ瞳を閉じて、その瞬間を待つだけだった。
すると、ドタドタと、断頭台の階段を上る音が聞えた。
「エトワールッ!」
「……っ!?」
聞き慣れた声。推しの声と、本来の彼の声が混ざったようなアンバランスな声に私は目を見開いた。でも、彼がいるのかとか、確認は出来ない。
後ろで何やらもめているという雰囲気だけを感じ取っていた。
「いけません、皇太子殿下」
「お戻り下さい、殿下」
「退け!今すぐとりやめろ。そいつは殺すな!」
「リース……?」
先ほどまでいなかったあの眩い黄金が後ろにいる。それだけで、死んだような心臓がドクンと脈打った。
(なんで、なんで、今なのよ……)
執行人を投げ飛ばしこちらへ近付いてくる気配がした。もしかしたら、助けて貰えるかも、何て期待が私の心に宿る。しかし、そんな幸せも、希望も一瞬にして砕かれるのだ。
「構わん、やれ」
皇帝の無慈悲な声が刑場に響く。
振り下ろされた手。「執行」の声と共に、ギロチンの刃が私の頭と身体を切断する。頭が宙を舞うような感覚。いや、もう感覚は遮断されてしまっているのだろうが、私の頭はスローモーションのように宙を舞っていた。赤い花弁と共に。
感覚が遮断された鼻にオレンジの甘酸っぱい匂いが広がっていく。口の中は、血の味だ。
聞えないはずの耳に、断末魔のように大好きな人の声が響いた。
「エトワール――――――――ッ!」
偽物聖女、悪役聖女の末路。エンディング。終わり。
(ごめんね、リース)
私の意識は、ゴン、と何かにぶつかった瞬間、闇へと落ちた。
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