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「ちょっと待っててね。湯冷めしないように、羽織り物代わりに、これ使って」
拓真は持参してきていたらしいトレーナーを私に渡してよこした。
首回りまで隠すようにして、受け取った彼のトレーナーを背中に羽織る。その時ふと鼻先をかすめる匂いがあった。拓真の匂いだろうかとどきどきしていると、お茶を入れたグラスが私の目の前に差し出された。
「どうぞ」
「ありがとう」
グラスを受け取って口をつけた。一口二口お茶で喉を湿らせた後、ベッド脇にあるサイドテーブルの上にグラスを置く。
視線を感じて顔を上げた。そこには私を見守る拓真の目があった。騒がしくなる鼓動を落ち着かせたくて、お茶を飲もうとグラスに手を伸ばした。ところが目測を誤って手が滑る。グラスを守ろうとしたが間に合わず、お茶がこぼれて私の膝から下を濡らした。
「きゃっ!」
「大丈夫!?」
拓真は慌てて立ち上がり、旅行用のバッグを持ち出してくると、その中からタオルを取り出した。それを持っていきなり私の足下に膝をついたかと思うと、浴衣の濡れた部分を拭き始めた。
拓真に何をやらせているのかと焦る。
「た、拓真君、大丈夫よ。そんなに濡れなかったし、床にこぼれた分の方が多いくらいだから。自分でやるからタオル貸して。それに部屋に戻れば、パジャマもあるから適当でいいわよ」
「そう?それなら、これくらい拭けばひとまず大丈夫かな。……じゃあ、もう部屋に戻るんだね」
拓真は残念そうに言って、立ち上がる。私の顔を見て、彼の眉がぴくりと動いた。そのままある一点をじっと凝視していたが、見る見るうちにその目が大きく見開かれた。
はっとした。彼が見ているものが何か気がついた。今の騒ぎでトレーナーはずり落ちている。私は急いで浴衣の襟をかきあわせようとした。
しかし、拓真の動きはそれよりも早かった。私の両手をつかみ、鋭い声で問う。
「これは何?」
拓真の表情は厳しい。
「離して……」
私は彼から顔を逸らした。答えるわけにはいかない。理由を言えば拓真にもっと心配をかけてしまう。
彼は私の両手をつかんでいた手をのろのろと離す。
手首をさすっている私に彼はぼそりと言う。
「碧ちゃん、ごめん」
彼は言い終えるなり、私の浴衣を肩先までぐいっと広げた。途端に絶句する。
見られたくなかったと、私は唇を噛んだ。自分の体を抱き締めるように両腕で胸元と肩を隠し、うつむく。
拓真の指先が私の首にそっと触れる。
「これはまさか、絞められた痕?太田さんがやったのか?他に、あざみたいな痕がたくさんある……」
彼の声が震えている。
「噛まれたような痕?何か所もあるじゃないか。これ、まさか体中に……?」
拓真は浴衣を私に元通りに着せ掛けて、隣に腰を下ろした。
「痛かっただろう……。今ここにいるのは君と俺だけだ。絶対に悪いようにはしない。だから全部正直に話してくれないか」
彼は両手で私の手を包み込み、きゅっと力を込めた。
拓真の言葉に心が揺れる。全部話すことで、彼を巻き込むことになってしまうと思うと、すぐに頷けない。
私の迷いを察して拓真は力強く言う。
「碧ちゃんが辛い思いをしているのなら助けたい。もしも俺を巻き込みたくないと思っているのだとしたら、それは違う。俺が、碧ちゃんの問題に巻き込まれたいんだ」
助けを求めてもいいのだろうかと、私はおずおずと彼を見上げた。
優しいけれど真剣な目で、彼は私を見返す。
その瞳を見つめているうちに、これまで隠していた様々な思いがこみ上げてきて、涙となった。拓真の温かい手を縋るように握り、とうとう私は口を開く。
「太田さんとの別れ話がうまくいっていないことは、もう分かってるかもしれないけど……」
私は太田との間にあったこれまでの出来事を、時折つかえながら話し出した。
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