コユキの妹リエは早々と諦め始めているようである、ここからは私観察者の目線での『観察』でコユキを追いかけて見るとしよう。
ちょっと前にもご紹介したが、このご近所で一番大きなお寺さん、幸福寺の再建された白壁も眩しい、立派な門扉(もんぴ)の前に残像と融合しながら姿を見せたコユキは、一度大きな深呼吸をすると、ドスドス境内に入って行ったのである。
丁度境内で、幸福寺檀家会の若手グループ、通称『幸福寺オールスターズ』の十人に稽古と言う名の悪ふざけ、魔王ザトゥヴィロ戦に向けた模擬戦を指導していた若き住職、幼馴染にして唯一の友(日本では唯一)、善悪が声を掛けてくるのであった。
「ん? コユキ殿? 夕方に珍しいでござるな? は、はあぁん! さては夕ご飯を食べに来たのでござろ? ん、んん?」
善悪の言葉にコユキが答えるより早く、オールスターズのリーダー、四桐(シキリ)鯛男(タイオ)が口を挟んだ。
「マーガレ、ぐふんぐふん! 王女殿下ようこそ!」
そう、この純朴な若手茶農家にして、善悪一の子分はコユキをベナルリア王国の王女、マーガレッタその人だと思い続けていたのである。
オールスターズの他のメンバーも久しぶりに会ったコユキの姿に興奮を押さえられなかった様だ。
「おぉ、スゲーお姉さんじゃんか!」
「あ、本当だあのスゲー、スゲー人だ!」
「スゲーよスゲーよスゲーよ!」
「これ世界に行った人だよな! スゲーな!」
と、相変わらず残念な語彙(ごい)力を披露していた、世界は残酷だね……
兎も角、コユキは皆に対して適当に頷いた後、善悪に対して訪問の意図を説明しようとしたのだが……
なんだろうか?
いつも元気イッパイの善悪が、少し疲れた感じに見えてしまったのであった……
「ん? どうしたの善悪、何だか疲れて見えるわよ? アンタ大丈夫なの?」
「う、うん、まあね…… ま、まだ特訓(悪ふざけ)の途中だから、取り合えず本堂の広縁に『おーいしぃ茶糖茶(無糖)(賞味期限ギリ)』が置いてあるでござるから、飲んで待っていて欲しいのでござる、ちょっち待っててね、でござるよ」
訓練(茶番)に戻ろうとする善悪を止める声が本堂の大開きの小口から響いたのである。
「コユキが来たんだろう? 後の訓練 (ガチ)は我に任せて話しをすれば良い!」
姿を現したのは青い顔色をした筋肉質に美形の長身青年であった。
善悪が人懐っこい顔を向けて答える。
「ああ、アスタ起きたのでござるか! んじゃ、ちっと頼むでござるよ、みんなちゃんと鍛えてもらうでござるよー!」
「「「「「「「「「「……うすっ」」」」」」」」」」
「ふはは、任せてくれ! よしっ! 始めるぞ! まずはカニさん二十分からだぁー!」
「「「「「「「「「「げぇっ!」」」」」」」」」」
広縁に向かいながらコユキは善悪に言った。
「アスタもだいぶ馴染んできたわね、よかったねん♪」
善悪が答える。
「案外鍛錬が好きみたいでね! んまあ助かっているでござるよ…… とは言え、ふぅ、今日は些か(いささか)ツカレタのでござるよ……」
「本当にどうしたのん? 何かあったのん?」
「う、うん、実は、でござる」