深夜のスタジオ、2人だけの時間
静まり返ったスタジオに、リズムを刻む靴音だけが響いていた。
壁にかかった時計の針は、すでに夜中の2時を指している。
鏡張りの広いスタジオは、昼間とは違ってひっそりと静まり返っていた。
さっきまで他のメンバーも一緒に練習していたはずなのに、今この空間に残っているのは俺とFUMIYAの2人だけだった。
スピーカーから流れる音楽はすでに止めてある。
けれど、俺の頭の中ではまだメロディーが鳴り続けていた。
——あと少し。もう少しだけ。
そう思いながら、俺は繰り返しステップを踏んだ。
体は疲れているはずなのに、振り付けの細かい部分が気になって仕方ない。
「……もう少し。ここ、やっぱり足の角度を変えたほうがいいかも」
汗を拭いながら、何度も同じ動きを確認する。
完璧を求めるのは、ただの自己満足ではない。
俺はこのグループのリーダーだから。
誰よりも振りを理解し、誰よりも納得していないと、メンバーに振り付けを任せられない。
(まだいける。もう少しだけ……)
そう自分に言い聞かせながら、もう一度体を動かそうとしたとき——
「ふみくん、もうこんな時間ですよ」
ふいに、FUMIYAの声が響いた。
俺は少し驚いて足を止める。
さっきまで黙って俺の動きを見ていたはずのFUMIYAが、腕を組んでこちらを見つめていた。
「そろそろ休んだほうが……」
その口調は優しかったが、どこか呆れたような響きも含まれていた。
「あと少しだけ。納得いくまでやりたい」
そう言って、再び踊ろうとする。
しかし、FUMIYAは俺の前に立つようにして、苦笑した。
「ふみくんって、ほんと真面目すぎますよ」
「……それ、褒めてる?」
「もちろん。でも、さすがに無理しすぎです」
俺が何か言い返す前に、FUMIYAはポケットをゴソゴソと探り始めた。
そして——
「……ほら、グミ食べてエネルギー補給してください!」
目の前に差し出されたのは、小さな開封済みの袋。
カラフルなグミが顔を覗かせていた。
「……グミ?」
「はい! これ、めっちゃ美味しいんですよ! ふみくんも食べてみてください」
俺は思わず、FUMIYAの顔を見た。
彼は、いたずらっぽい笑顔を浮かべながら袋を揺らしている。
(……こんな夜中にグミって)
正直、あまり気が進まなかった。
けれど、FUMIYAの視線が「ほら、食べてみてよ!」と言わんばかりにキラキラしていて、無下に断るのもなんだか気が引ける。
「……仕方ないな」
俺はしぶしぶ袋からひとつつまんで、口に放り込んだ。
噛むと、もちっとした弾力とともにフルーツの香りが広がる。
「……甘いな」
思わず、ぽつりと感想が漏れた。
「でしょ?」
FUMIYAは満足そうに笑い、俺の隣にちょこんと座った。
スタジオの床は冷たい。
でも、FUMIYAが横に座ると、少しだけその冷たさが和らぐ気がした。
「ふみくんがちゃんと休むまで、僕も一緒にいますからね」
その言葉に、俺は軽く眉をひそめる。
「……お前、明日も朝早いだろ」
「ふみくんも、ですよね?」
ぐっと言葉に詰まる。
「だから、もう今日は終わりにしましょう」
FUMIYAは袋からまたグミを取り出し、ぽいっと自分の口に入れた。
そして、俺の顔を見上げて、ふんわりと笑う。
「ちゃんと休まないと、明日もパフォーマンスできませんよ」
俺は思わず息をのんだ。
(……こいつ、たまにこういう顔するんだよな)
無邪気なのに、どこか俺のことを見透かしているような目。
笑っているのに、心配しているのが伝わってくる優しい表情。
なんとなく、胸がむず痒くなって、俺は視線を逸らした。
「……なら、もう少しだけ付き合ってもらおうかな」
俺がそう言うと、FUMIYAは「やった!」と嬉しそうに笑った。
何がそんなに嬉しいのか、よく分からない。
けれど、その笑顔を見ていると、俺の中の張り詰めていたものが少しだけ緩んでいくのが分かった。
手の中には、FUMIYAからもらったグミ。
口の中に残る、ほんのりとした甘さ。
そして、隣にはFUMIYA。
(……まあ、たまにはこういう時間も悪くないか)
ふっと小さく息をつき、俺はもう一度グミを口に放り込んだ。
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