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「陛下! 数年間、帝国の全魔術師が束になっても抑え込めなかった『神の呪い』が完全に沈静化したというのは本当ですか!?」
皇帝の執務室の扉を激しく叩き割るような勢いで入ってきたのは、帝国最高位の魔術師であるアルバスだった。
白髪の髭を蓄え、気難しさで知られる彼が、帽子を振り乱して息を切らしている。
アレンは執務机の椅子に深く腰掛けたまま、ふっと薄く笑った。
「ああ、本当だ。アルバス、見ての通り俺の身体からは、あの忌々しい黒い霧が一切消え去っている」
「な、なんと……! あの大陸最悪の暴走魔力が……一体どんな伝説の禁忌魔法を使われたのですか!?」
血相を変えてアレンに詰め寄ろうとしたアルバスは、ふと、陛下の胸元にきらめく『銀色のブローチ』に目を留めた。
その瞬間、アルバスの老いた身体がガタガタと震え出す。
(な、なんだこのブローチから溢れ出している、心臓が止まりそうなほど清らかな聖なる魔力は……!? まるで満月の光をそのまま結晶化させたような、神聖な密度……!)
「それを成し遂げてくれたのは、彼女だ」
アレンの視線の先――ソファーにちょこんと座っていたルナリアが、ビクリと肩を揺らして立ち上がった。
アレンとお揃いの、深い黒色の髪飾りを揺らし、緊張で金色の瞳を潤ませている。
「初めまして、ルナリアと申します……。あの、アレン様の呪いを少しだけ、お掃除させていただきました……」
「……は?」
アルバスはルナリアとアレンの顔を何度も見比べた。
どう見ても、自分より何十年も魔力の修行が足りないであろう、華奢で可憐な少女だ。前の国で虐げられていたせいで少し細身だが、そのぶん儚げで美しい。
「陛下、冗談が過ぎますぞ! このような小娘に、あの神の呪いが解けるはずがありません! これは何かの間違い、あるいは一時的な――」
「アルバス様」
ルナリアが、そっとアルバスの前に歩み出た。
アルバスの顔が、苦痛でわずかに歪んでいることに気づいたからだ。長年の魔力研究の代償として、彼の腰や関節は、常に激しい魔力痛に蝕まれていた。
「あの、アルバス様。どこかお身体が痛むのですか……? 私、前の国ではいつも『無能のお役立たず』って言われていたので、大したことはできないのですが……普通の回復魔法なら、少しだけ使えます」
「ふん、高位の回復魔術ならワシとて使えますわ。そなたのような娘の普通の魔法など――」
「――『月光よ、優しく癒して(ムーン・ヒール)』」
ルナリアがそっと両手を合わせ、小さく祈りを捧げた。その瞬間、執務室の床いっぱいに、目も眩むほど巨大で複雑な『満月の魔法陣』が、まばゆい銀色の光を放って浮かび上がった。
「な、ななな……なんだこの魔法陣の規模はぁぁぁーーーっ!?」
アルバスの絶叫が執務室に響き渡った。
ルナリアが紡いだ銀色の光は、一瞬にして部屋全体を包み込み、まるで真昼の太陽ならぬ「満月の夜」のように優しく、けれど圧倒的な密度で満たしていった。
キラキラと舞い散る銀色の光の粒が、アルバスの身体に触れる。
「ひぅっ……!?」
次の瞬間、アルバスは自分の目を疑った。
何十年も彼を苦しめ、どんな最高級の治癒薬を使っても治らなかった腰の激痛が、嘘のように消え去ったのだ。それどころか、魔力の使いすぎでボロボロだった細胞が急速に若返り、身体が羽のように軽くなっていく。
驚きはそれだけでは終わらない。
執務室の片隅に飾られていた、すでに枯れ果てていたはずの樹齢数百年の貴重な観葉植物が、銀の光を浴びた瞬間、ピキピキと音を立てて瑞々しい緑の葉を芽吹かせた。そして、見たこともない大輪の美しい花を一斉に咲かせたのだ。
「う、嘘じゃろ……枯れ木に花を咲かせ、ワシの不治の魔力痛を一瞬で完治させただと……!?」
アルバスは呆然と立ち尽くし、それから目の前で「えへへ、お掃除できましたか?」と無邪気に微笑むルナリアを見つめた。
「ル、ルナリア嬢よ……そなた、今これを『普通の回復魔法』と言ったな?」
「はい! 私のいた国では、私の魔法は『地味で目に見えない無能の力』って言われていたので……。このくらい、誰でもできる普通のことだとカイル様も仰っていました」
(んなわけあるかぁぁぁーーーーーーっっっ!!!)
アルバスの心の中で、帝国最高位のプライドが音を立てて崩壊した。
誰でもできるわけがない。これは『回復』などという生易しいレベルではない。失われた生命力を強制的に引き上げ、万物を全盛期の状態へと巻き戻す、神話の時代に失われたはずの【神聖魔法】そのものだ。
「カ、カイルとかいう王太子は、この神の奇跡を『無能』と呼んで捨てたのか!? 莫迦なのか!? 脳みその代わりに泥でも詰まっているのか!?」
「ええっ!? そんな、カイル様は一応、次期国王様で……」
慌てるルナリアの横で、アレンがククク、と愉しげに肩を揺らして笑った。
「言っただろう、アルバス。前の国の連中は揃いも揃って節穴だと。ルナリア、あなたは今日からこのガルディニア帝国の『国聖女(こくせいじょ)』だ。誰が何と言おうと、俺が認め、俺があなたを世界一の特等席へ迎える」
「国聖女、ですか……? 私が……?」
ルナリアがパチパチと瞬きをする。アレンは愛おしさが抑えきれないといった様子で、彼女のプラチナブロンドの髪を優しく撫で、その頭にそっと触れた。
「そうだ。もう誰の手柄にもさせない。そなたの価値は、この俺が、そしてこの帝国すべてが証明する」
アルバスは完全に降伏したように、その場にどさりと膝をつき、ルナリアに向かって深く頭を下げた。
「我が帝国の至宝、月光の聖女様……! これまでの無礼、どうかお許しくだされ……っ!」
「あわわわ、頭を上げてください、アルバス様!」
おろおろと慌てるルナリアを、アレンは満足そうに引き寄せ、胸元の銀のブローチを愛おしそうに見つめるのだった。
◇
一方その頃――エルフレア王国。
「な、なんだこの無礼な手紙はぁぁぁーーーっ!?」
崩壊しかけた王宮の執務室で、王太子カイルが、ガルディニア帝国から届いた公式書簡を破り捨てて絶叫していた。
書簡には、アレンの冷徹な筆跡でこう書かれていたのだ。
『我が国の大切な【国聖女ルナリア】を奴隷と侮辱した罪は重い。返還の要求など、我が帝国への宣戦布告とみなし、相応の報いを受けてもらう』
「い、いつの間に隣国の聖女になったんだあいつは! 嘘だろ、ただの無能のはずだろぅぅ!」
隣では、偽聖女リーザが迫り来る魔獣の恐怖にガタガタと震えている。
ルナリアを捨てた代償が、国滅亡という最悪の形で彼らに襲いかかろうとしていた。
コメント
1件
はる。だわ。 第4話、めっちゃアガったわ…! ルナリアの「普通の回復魔法」がまさかの神聖魔法級ってギャップが最高。アルバス先生の脳内崩壊リアクション、ワロタし共感した(笑)。完全に無能扱いされてた子が、隣国で国聖女に認定されて、しかも元カレの国の前でざまぁ展開が来そうな流れ、読んでてスッとするなあ。皇帝アレンの「世界一の特等席へ迎える」って台詞も熱いし、二人の距離感もじわじわ良き。次話も楽しみにしてる🔥