「で、社長に連れられて部屋を見て回っていると、猫もついてきたので。
あの人馴れしてない猫たちがっ、とつい、社長も私も嬉しくなって、屋敷の端まで歩いてしまい。
突き当たりが私の部屋になりました。
――で、最後にはもう一匹増えてました」
「なんなんだ、それは。
そもそも、その猫たちは何処から湧いてきてる」
と悠里は後藤に言われた。
いや、それがよくわからないんですよね~と言いながら、悠里は例の自動販売機で飲み物を買いかけてやめる。
「おっと。
今日は、私、いい物持ってきてるんで買わないんでした」
「じゃあ、なんで、自販機に来た?」
「猫に朝の挨拶をしにですよ」
と言って、
「人間にもしろ」
と言われる。
後藤を見つめ、悠里は言った。
「……おはようございます、後藤さん」
「……今か」
いや、あなたが言えと言ったんじゃないですか、と思いながら、悠里は秘書室に先に戻った。
後藤は、屋敷に猫が湧いてくることより。
何故か、悠里が結局、七海の屋敷に自分の部屋を持ったことの方が気になっていた。
なんでだろうな?
うらやましいからだろうか?
俺も猫の湧く豪邸に住んでみたいとか?
そんなことをいろいろ考えながら、後藤は、しばらく社内を回って仕事をしていた。
秘書室に戻ると、また、大林修子が来ていた。
悠里と二人、窓際の長机について、作業をしている。
こいつら、いつも俺に気づかないな……。
廊下で会ったりすれば、すぐに、
「後藤さんっ、お疲れ様ですっ」
と飛んでくる修子だが。
今はまったく気づかず、仕事をしながら、悠里に話しかけている。
「あ、なにそれ。
茶葉入れといて、お水とか、お湯とか注いでお茶作るボトル?
あんた、意外に意識高い系?」
「なにも高くないですよ。
ただ、このボトルもらったから、使ってみようかと」
「そう?
部屋でおしゃれげななにかをして、インスタに上げたりしてんじゃないの?」
「おしゃれげななにかってなんですか」
しょうもない会話だな、と思いながらも。
つい、聞き耳を立ててしまうのは、貞弘のことが気になっているからでは決してない。
いや、ほんとうに。
「別になんにもしてませんけど。
あ、でもこの間、流行りのレトロプリン作って、銀の器に盛って写真撮ってみました」
「ほら、ごらんなさいよーっ」
やってんじゃないのよーっ、と叫ぶ修子の後ろから、そのスマホの写真がチラと見えた。
おしゃれげもなにも霊が写ってるっ!
テーブルの上に置かれたアンティークな器とプリン。
光の加減もまるで雑誌の表紙のようだ。
意外なセンスだな、貞弘、と思いながらも、もう一度心の中で後藤は叫んだ。
霊が写ってる!
「なによ、もう。
いい感じじゃん」
後ろのカーテンのとこ、白い人影がっ!
「そうですかねー?
そんなにいい感じには撮れてないですよ」
今はお前に同意だ、貞弘。
いい感じではないっ。
霊が写っているっ。
っていうか、お前、これ、インスタに上げたのかっ?
誰も指摘しなかったのかっ?
みんな霊感ゼロかっ!?
「あ、そうだ。
見ますか?
社長の家に、実は猫が住んでたんです」
「実はってなに?
猫が住んでて、知らないってある!?」
貞弘が来て気がついたな。
大林はちょっとうるさいが、意外に常識人のようだ……。
そんなことを思いながら、後藤は二人に気づかれないうちに、そっと席を立ち、その場を離れた。
その後、猫の秘密はすぐにわかった。
悠里がランプの魔神と出会ったからだ。
以前、このデカい屋敷を掃除しているのは、魔法のランプの魔神に違いない、と思っていたが。
魔神はたくさんいた。
お掃除のプロの人たちだった。
同じユニフォームを着た人たちに爽やかに挨拶された土曜の朝。
猫をエサに、まんまと七海の家におびき出されていた悠里は、彼らに真相を聞いた。
「いや~、すみません。
広い庭なんで、猫が住み着いてたみたいで。
ときどき、エサやったりしちゃってたんですよね~。
えっ?
中入っちゃってました?
すみませんっ。
掃除道具運搬してるときに扉開けてるから、するっと入ってしまったのかも」
と謝られて、
「あっ、いえ、いいんですよっ。
大丈夫ですっ」
と家主でもないのに言ってしまう。
「どうぞ、お気になさらずに。
ありがとう」
と笑顔で七海が奥から出てきた。
社内では見ないくらい爽やかな笑顔だ。
七海は猫を屋敷に引き入れてくれた彼らに感謝していた。
おかげで、悠里が釣れたからだ。
だが、悠里はそのことには気づかず、お掃除の人には愛想いいんだな、と思っていた。
「あ、奥様ですか?
いつもありがとうございます。
すみません。
今度から気をつけますね」
と一番年配のおじさんに頭を下げられる。
いいえ、奥さんじゃないんですよ、とは言えなかった。
みんなからの、
『奥様、愛想の良い人でよかったっ』
『奥様に、猫に入られちゃったの叱られなくてよかったっ』
というホッとしたような笑顔が眩しかったからだ。
「……あ、え、はい。
ありがとうございます」
とうっかり頭を下げてしまった。
「……私、大変な嘘をついてしまいました」
そうだな、と言いながら、七海は玄関扉をパタンと閉めたあとで、
「彼らのためにも、今すぐ結婚しろ」
みんなの期待を裏切るな、と言ってくる。
「……違うって言ってきます」
悠里は清掃会社の車を追いかけようとして、七海に腕をつかまれた。
「見ろっ。
猫たちも、お前を、
『奥様っ』
って見上げているぞっ」
よく見れば、廊下のなんか立派なツボの陰から、人馴れしていない猫たちが、こちらを窺っている。
いやあの、
『この人、ごはん、くれるのかな?』
って、見てるだけみたいな気がするんですけどね……、
そう思いながらも、猫に懐かれたかったので。
猫の前では、とりあえず、奥様のフリをしてみた。
「猫の前でする奥様のフリってなんだ?」
「エサをあげる権利がある風を装うことですよ」
……七海家の奥様は、そんな権利しかないのか、と後藤に突っ込まれる。
月曜の昼。
たまたま、後藤と社食で一緒になったので。
ランプの魔神たちと猫に会って、奥様のフリをした話をしたのだ。
「で?」
「は?」
「……そのあと、社長のうちでなにをしていた」
「テレビとか見てましたね。
知らん顔してると、猫がジリジリ近づいてくるので。
特に面白くない番組でしたが、社長と二人、見ているフリをしていました」
「ふーん。
それで?」
いや、それでって……。
特にないですけど、と思ったが。
後藤の眼光が鋭いので、なにかなかったかな? と必死に思い出す。
「えーと。
そうだ。
『川村さんは、ここまでとなります』って、情報番組の司会の人が言ったんですよ。
そしたら、社長が、
『こういうのって。
お前は、ここまでだっ。
死ねーっ、て時代劇みたいに斬りかかって来そうで怖いよな』
って、ぼそりと言ったので。
わりと阿呆なこと言うな~と思って、眺めてました」
「……そうか」
社食を出て、ともに廊下を歩きながら、悠里は後藤に言う。
「ああ、あと、結婚へのフローチャートを作ってみようとか言われましたね」
「……そっちが最重要事項じゃないか?」
なんで、テレビの話を先にした? と言われる。
「いや~。
だって、現状を把握し、問題点を洗い出そうって、やってみたんですが。
今のところ、問題点しかないですからね」
まず、愛がない、と悠里は言ったが。
「愛がないのは、お前の方だけだろ」
そう言いながら、後藤はエレベーターに乗り、一階のボタンを押した。
「そんなことないですよ」
と言いながら、二人、流れるように自動販売機のところに行き、猫を眺める。
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