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剣を地面に突き立てた瞬間、容赦なくヒルデガルドは突風を起こす。旅を共にしてきて、手の内は全て知っている。必ず予備動作が必要な大技を簡単に撃たせはしない。風で浮いた剣を彼が掴もうと手を伸ばすときを狙い、瞬時に杖の大きな翡翠の部分を振るって、殴り掛かった。


「ちっ、予想外なことをしてくるじゃないか!」


「面白いと思うだろう? だが、それで終わりじゃない」


簡単にクレイが片手で押さえてみせたのを、彼女はにやりとして。


「──《パニック・ファイア》」


小さな爆発が起きる。範囲は狭いが、密着して撃たれれば軽傷では済まない。術者にもダメージのある魔法だが、ヒルデガルドは霊薬によって不死身であり、些細な傷程度なら数秒もかからずに治癒する。イルネス以上に自爆に抵抗がなかった。


だが、クレイも経験から判断力に長けている。間一髪に爆発から逃れ、宙を跳ぶ。──それが小さなミスのひとつ目だ。頭上には、巨大な火球が煌々と輝いている。ヒルデガルドやイルネスが得意とする炎系統の魔法を、そのまま受け継いだ、イーリス・ローゼンフェルトの全力の一撃。


「喰らえ──《フレイム・ノック》!」


槌を振り下ろす動作で、宙を浮いていた火球がクレイを襲う。


「この……! クソガキがあっ!」


剣を振れば雷が火球を迎え撃つ。その威力は同等で、相殺すると同時に火球は炎の柱となって空と地上を殴りつけた。クレイは直撃こそしなかったものの、その爆風によって地面へ叩き落され、受け身を取って転がった。二つ目のミスだ。


「よく来たな、クレイ・アルニム。次は俺の番だ」


待ち構えていたアーネストが槍を穿つ。体勢を整えきれていないクレイは、その一撃を躱しきれず、ついに負傷する。鎧ごと肩をばっさりと抉られ、激痛に冷や汗を流しながら、何度も遠くへ飛び跳ねて距離を取った。


「……くそっ! さっきまでと全然違うじゃねえか……!」


希望に満ちた雰囲気も、完璧な統率も、戦い慣れているからでは済まされない。そこにあるのは、間違いなくヒルデガルドの存在だ。彼女ひとりが現れただけで、誰もが勝利を確信したような気配に、クレイは心底苛立たされた。


いや、むしろ、彼自身がそう思っていた。このままでは負けてしまうだろう、と。大賢者ひとりを相手にするならともかく、周囲には彼女に実力では届いていないにしろ、個々が十分すぎる強さを持っている。針の穴ほどの小さなミスも見逃さない目で、彼の一挙手一投足を観察して、的確に突いてくる。厄介この上なかった。


「これが、私と君が五年間で得たものの差だ、クレイ。人の心に触れようともしなかった君には、この信頼関係など理解できまい。世界を救えば、欲しいものが手に入ると思ったか? 残念だが、私は君の欲望を満たす道具にはならない」


クレイは別に、純粋な想いから世界を救おうとしたわけではない。ただ、それが実行できるだけの実力を持っていた。それだけの話に過ぎなかった。だから執拗にヒルデガルドを求めた。恋をして、独占欲に満ち、他の誰よりもヒルデガルドを愛しているつもりだ。彼女ならば手を差し伸べてくれる、と。


「……世の中の誰もが俺を馬鹿にした。小さいときは弱くて、いつもいじめられてた。親でさえ味方もしてくれなかった。でも、お前だけは違った。強くなって、色んな奴を見返してやろうって思って、お前に会ったあの時から」


剣を空に高く掲げ、彼は涙目になって怒りながら。


「もう、他には何も要らなくなった! 世の中の人間なんて知ったことか、お前さえいればいい!……だけどお前は、みんなに優しすぎる。いつだって独りのほうが気楽みたいな顔をして、そのくせ手を差し伸べて、みんなが笑っていられるようにと祈り続ける。それが嫌で、嫌で、仕方ない。だったら、お前以外のみんなを消してしまえばいい。俺だけを見て、俺だけを頼るヒルデガルドが、俺には必要なんだ!」


すべての魔力を注ぎ、剣が雷を帯びて強い輝きを放つ。彼自身、何もしてこなかったわけではない。ヒルデガルドに見合う人間であるために、弱いことは許されざる罪だと思っていたから。


彼にとっては全てを賭けた一撃だ。これで確実に勝つ、全てを壊してでも。その範囲は、首都をひとつ吹き飛ばすだけでは飽き足らないだろう。


「イーリス、私の傍へ来い! アーネストは私たちの後ろへ!」


たったひとりの結界では防ぎきれないかもしれない。そう思ったヒルデガルドは、イーリスの残った魔力を借り受けて、周囲を包むような結界で彼の技の影響を最小限にしようと行動に移す。────しかし、彼の剣は突如として砕けた。


「……あ? ど、どうして俺の剣が、」


誰もが驚きに言葉を失ったが、中でもクレイは頭が真っ白になるほど驚いた。彼の剣は、いわば神が創った聖剣だ。扱える人間は彼以外におらず、これまでに何度も危機を救ってくれた武器でもある。それが、砕けたのだ。


だが、すぐに心当たりに辿り着く。脳裏には、先刻に聞いたばかりの、耳障りな声が思い起こされた。


『いけないなあ、クレイくん。相手は選ばなきゃ』


アバドンが触れたとき、剣が僅かに欠けた。それが原因だった。彼は柄だけになった剣を投げ捨て、虚空に向かって叫んだ。


「この、くそったれがああああああっ! アバドン・カースミュール! なぜ俺にこんな真似を!? 最初から、こうなるのを見越していやがったな!」


剣を失っては、ヒルデガルドに太刀打ちなどできるはずもない。怒りに震えが止まらない彼に、背後からするりと両腕がまわされ、誰かが優しく抱き着いた。


「それは当然だわ、アルニム様。だってアバドンは──最初から、あなたの味方ではなく、面白いと思った相手の味方ですものねえ?」

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