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そこでちょうど部屋に着いたらしく、天莉あまりを抱いたまま器用にドアを開けたじんが、横抱きに抱えた天莉の足がドアの縁に当たらないよう身体の向きをほんの少し斜めにしながら中へ入る。

玄関扉を開ける際、尽が特に何かしたような気配もなくすんなり開錠された気がするのは、もしかしたら顔認証のような生体認証システムがロックになっているのかも知れない。


「何故そんな顔をするんだい? ――俺の計画では天莉。キミが俺の子を生んでくれる予定なんだけどな?」


だから天莉の意見も聞かせて欲しいと言っただけ。


いきなりそんなことを言われて驚いた天莉が、あわあわと唇をおののかせるのを楽し気に尽が見下ろしてくるから。


(もしかして……揶揄からかわれてる……?)


尽の言動が一体どこまで本気なのか分からなくて、天莉は返答に詰まった。



***



まぶしっ)


二人が室内に入った気配で玄関と廊下のシーリングライトが勝手に点灯したところを見ると、人感センサーか何かになっているんだろう。


いきなり明るくなった視界に目を細めた天莉は、今更のように現状を理解して青褪あおざめた。


変な質問を投げかけられてすっかり失念し掛けていたけれど、これは絶対にマズイ。


「あ、あのっ、高嶺たかみね常務、ここって……」


背後でドアが静かに締まる音がして、それと同時。

オートロックがカチャッとかそけき音を立てて作動したのが分かって、不安がいや増した天莉だ。


「ん? 俺の家だけど? ……ああ。心配しなくてもひとり暮らしだから。変な気がねは必要ないからね?」


その言葉に、天莉は『二人きりとか……! 逆に心配しかありませんよぅ!』と思わずにはいられない。


「――ね、天莉。さっきはああ言ったけど……最初はとりあえずここから二人の生活を始めるんでも構わないかな?って思うんけど、どうだろうか?」


「どっ、どうもこうもないですっ」


天莉の心を置き去りに、尽が迷いのない足取りで廊下を進むから。


天莉は下ろして欲しいと力の入らない身体で懸命に身をよじった。



***



天莉あまりとしては結構全力でジタバタしたつもりだったのに。


じんはそんなのモノともせずに平然とした様子で歩を進めると、玄関から真っすぐ行ったところにある七〇平米へいべいはあろうかというだだっ広いリビングルームへ天莉を運んだ。


リビングに入って真正面はバルコニーで、壁一面が窓になっているから。

日が昇ったらきっと、とても明るいんだろうなと思った天莉だ。


だけど今は夜で、窓の外はポツポツと民家の明かりが見えるものの、基本的には黒々として見える。

そんななか二人が部屋へ入るなり照明がパッと灯るから、まるで鏡みたいになった窓ガラスが尽に抱かれたままの天莉の姿を映し出した。


今まで自分が尽の腕の中にいるということは分かっていたはずの天莉だけれど、こんな風に客観視させられるとやたら恥ずかしくなって。


「あ、あの、常務、早く下ろしてください……」


蚊の鳴くようなか細い声で尽を見上げた。


この状態でさっきコンシェルジュの前を通過したんだと思うと、今更のように顔から火が出そうになる。


「天莉、耳まで真っ赤だよ。ひょっとして、窓ガラスに映ったのが恥ずかしかったのかな?」


きっと尽も同じ光景を目にしたのだ。


クスッと笑って天莉をふかふかのソファの上に降ろしてくれると、「アレックス、カーテンを閉めて」と誰へともなく言葉を発して。


一人暮らしだと言ってたはずなのに……もしや外国人執事様でもいらっしゃるのかしら!?と天莉がソワソワしたと同時、誰もいないのにゆっくりとカーテンが閉まり始めて驚いてしまう。


「えっ、嘘……なん、で?」


ソファに所在なく座ったままオロオロとカーテンと尽を見詰めたら、「ああ、うちはスマートホームになってるからね」と何でもないことのように尽が微笑む。


尽の説明によると、室内あちこちにあるスマートアシスタントに指示を出したり、あらかじめタイマーでアクションを設定しておくだけで、カーテンの開閉はおろかテレビやエアコンのオン・オフ、風呂の湯張り、コーヒーメーカーの作動なども出来てしまうらしい。


「天莉が一緒に住むようになったら、キミの好みの設定に変えることも出来るからね。その辺はおいおい一緒にすり合わせて行こうか」


何でもないことのように言われた天莉は、「そのことなんですけど」と居住まいを正した。


「私、高嶺たかみね常務のお話をお受けするだなんて一言も……」


意を決して言ったつもりだったのに、「――腹減ったよね? けど、まだ体調も万全じゃなさそうだし、変なモンは食わせられないなぁ。……夕飯は消化が良くて身体が温まるもの……。んー、そうだな。『うららか屋』のうどんでも取るか」と軽くスルーされてしまった。


「ねぇ天莉。キミは嫌いなモノや食べられないものはないはずだとんだが、間違いない?」


聞かれて、思わず「はい」と答えてしまった天莉だ。


でも、よくよく考えてみれば、どうしてそんなことを知っているのか、もしかして事前に自分のことを調べたりしていたのか……などなど、問い詰めるべきことは山積みだったはずなのに。


(もう、私のバカ! なに流されちゃってるの!)


いくら体調が悪いからと言って、尽のペースに飲まれ過ぎだ。


夕飯云々うんぬんの前に白黒つけたい事案があって、それをちゃんと話したいのに――。



尽が携帯を操作して、高級うどん屋として有名な『うららか屋』へ電話をしている間、天莉は何も言えなくなって、仕方なく部屋の中を見回した。


この馬鹿みたいに広いリビングの隣は、どうやらキッチンになっているらしい。

何人家族想定ですか?という立派なシステムキッチンが見えて、料理好きの天莉は設備の立派さに思わず吐息が漏れてしまった。


流行りの単純なアイランドキッチンかと思いきや、ほんの少しイメージと違っていて。


L字型に設置されているシステムキッチンそれ自体が空間を仕切る壁の様な役割を担っている感じ。

煮炊きが出来るガスコンロ側はリビングこちらへ面していて、シンク側はダイニングルームに向いている様相。


この構造だと、料理中もリビングとダイニングの両方を見渡すことが出来そうだった。


加えて天莉の目を引いたのは、システムキッチンとは別にキッチンのド真ん中に設置された大きな作業台。


(あそこにお皿とか並べて盛り付けしたら楽ちんだろうな? つい嬉しくて何品も作っちゃいそう! ――けど何か意外。オール電化じゃないんだ)


真ったいらなIHクッキングヒーターではなく、ガスコンロ特有の黒々とした五徳ごとくが四つ並んでいるのが見えるので、きっとそう。


天莉は火力の調整がしやすいガスコンロの方が好きなので、余計にうらやましく思って。


なのに綺麗に磨き上げられたそのキッチンからは、使用感が全く感じられないから。『もしかして、使われてない?』と眉根を寄せる。



電話を終えた尽が、そんな天莉の視線を追って、「俺は自炊じすいはしないからね。キッチンはほとんど使ってないんだ」と見たままのことを告げてきた。


料理をすることが大好きな天莉は、尽の言葉に瞳を見開くと、現状も忘れて「もったいないです」と吐息を落とさずにはいられない。


天莉のワンルームマンションは、残念なことにガスコンロは一つ口。

何かを煮込みながら別の料理をするということが出来ないのが凄く不便で。

仕方なく電子レンジをフル活用したり、たまにカセットコンロを持ち出してそちらを並行して使ったりすることもあったから。


「そう思うかね?」


尽がしたり顔でククッと喉を鳴らしたのにも気付かないまま、天莉は「とても」としみじみつぶやいた。



「じゃあ早速なんだが――」


ソファーに腰かけた天莉の目の前に置かれたローテーブル下から、尽がA4サイズに二つ折りされた書類を取り出して見せる。


「このキッチンを、天莉が心置きなく使えるようにするための話をしようか」


薄浅葱色うすあさぎいろを縁取り背景に、白黒印刷で書類の雛型の枠が、その枠外に可愛い絵柄で様々な猫の顔が縦横無尽に散りばめられたその書類は、天莉にとてもコミカルな印象を与えた。

薄浅葱色の部分に〝Monochromeモノクローム Catsキャッツ〟と筆記体で書かれたその書類は、猫グッズ好きの天莉の心を刺激して。


思わず手に取って「可愛い」とつぶやいた天莉だったけれど、猫の絵柄に紛れるように書かれた〝婚姻届〟の文字を見つけて一瞬にして凍り付いた。


それを意識してよく見直してみると、〝夫になる人〟の欄が全て、小学校で使った書写のお手本顔負けの読みやすい綺麗な字で埋められていて。


「キミは猫グッズが好きだろう?」


だからそれにしたんだ、と言わんばかりの口調で告げられて、「えっ」と尽の方を見たと同時。

とても自然な動作ですぐ左隣に腰かけられてしまう。


左半身へ突如感じた尽からの熱に、慌てて立ち上ろうとした天莉だったけれど。

本調子じゃない身体がクラリ眩暈めまいを訴えて、逆に尽に寄り添うみたいにくっ付いてしまった。

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