テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
研究室のドア一枚を隔てた向こう側に、冷酷な現実が立っていた。
私は慌ててスカーフを巻き直し、乱れた髪を整える。
冬馬先生は、一瞬で「情熱的な恋人」から「無機質な天才外科医」へと表情を切り替えた。
「──入れ」
入ってきたのは、仕立ての良いスーツを着た初老の男。
日本医療理事会の幹部、九条だった。
彼は部屋を見渡し、私に一瞥をくれると、嫌悪感を隠そうともせずに口を開いた。
「冬馬先生。君ほどの才能が、一介の事務員との痴話喧嘩でキャリアを棒に振るとは、信じがたい噂が耳に入りましてね。……この女性が噂の『専属』ですか?」
私の背中に冷たい汗が流れる。私の存在そのものが、先生の弱点として利用されようとしている。
「用件は何だ。俺のプライベートを査定しに来たのなら、今すぐお帰りいただきたい」
「いいえ。次期院長候補の選出にあたり、君の『身辺の潔白』を証明していただきたいのです。手っ取り早いのは、この女性を他院へ異動させることだ」
九条の視線が、私を射抜く。
私が頷けば、先生は守られる。
けれど、私の唇が震えた瞬間、冬馬先生の冷徹な声がそれを遮った。
「断る」
先生は私の肩を抱き寄せ、九条の正面に立ちはだかった。
その瞳には、氷のような冷たさと、煮え滾るような怒りが同居している。
「他院へやる?俺の右腕を切り落とせと言っているのと同義だぞ」
「冬馬先生、正気か!たかが事務員一人のために……」
「たかが、か」
冬馬先生が一歩踏み出す。
その威圧感に、九条が思わず後退りした。
「俺のオペの成功率がなぜ100%を維持できているか、その理由を教えてやろう」
「……彼女が、俺の完璧なパートナーだからだ。彼女を奪うなら、俺はこの病院を去る。……俺がいなくなった後の外科がどうなるか、計算できないほど無能ではないだろう?」
それは、天才外科医という地位を盾にした、最強の脅迫だった。
九条は顔を真っ赤にしながらも、冬馬先生の「価値」を前に、それ以上言葉を続けることができなかった。
「……結芽。下がっていろ」
九条が毒づきながら去った後、冬馬先生は私を強く抱きしめた。
その腕は、先ほどまでの強気な言葉とは裏腹に、かすかに震えていた。
「……先生、あそこまで言ったのはどうして…?」
「……お前がいない未来など、俺の計算式には存在しない。……絶対に、離さないと言っただろう」
先生は私の首筋に深く顔を埋め、まるで自分の命を確認するように、荒い呼吸を繰り返した。
敵は退いた。
けれど、この事件をきっかけに、冬馬先生の執着はさらに過激なステージへと進んでいった。
#恋愛
#大人のロマンス
#イケメン