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「クリスマスはどうする?」
「へっ!?」
聞いて良かったと思った。
麗も東京に帰り、フードロス企画の試行も順調で、このまま本運用になりそうだ。
麗と倫太朗がどうなったかはわからない。
椿も気にしているようだが、倫太朗には連絡していないようだ。
クリスマスまで一週間。
今からレストランの予約などは難しいだろうが、椿に希望があればなんとか叶えたいと思った。
「どっか食事に行く?」
「いえっ! 平日ですし、わざわざ……」と言いかけて、黙る。
「なに? 希望があるなら言って?」
俺は彼女と繋いでいる手をぶんっと振った。
「二人で過ごす初めてのクリスマスなんだし、ちょっと特別感欲しいだろ?」
いい年をしてクリスマスに浮かれるのは恥ずかしい気もするが、こういうイベントでもなければ椿を甘やかせない。
俺はいつでも、どんなものでも、椿の望むことは叶えたいし、与えたいと思っているけれど、なにせ椿には欲がない。
「大きなケーキを食べたいです」
「大きいって?」
「カットしてない、デコレーションケーキ」
「いいね。イチゴ? チョコ? あ、チーズケーキとか?」
「いいんですかっ!?」
手をグイッと引かれて、顔を覗き込まれる。
「え? うん、いいよ? 俺はあんまり食べないけど」
「ガトーショコラとかチーズケーキとか……モンブランなら食べられますか?」
「ああ、うん。チーズケーキは好きだよ」
瞳をキラッキラに輝かせる椿は、子供のよう。
「やったぁ! あ! でも、今からでも予約できますかね?」
「探してみるよ。任せてもらっていい?」
「いえっ、私が探します。私の希望ですし――」
「――是枝彪さん……ですか?」
椿の言葉を遮った男は、すぐ目の前にいた。
黒のコートを着た男が二人。
一人は六十前後、一人は俺と同じくらいの年齢に見える。
どちらとも面識はない。
俺に用があるようだが、何となく椿の手を引いて俺の背後に立たせた。
「あなた方は?」
「俺は――」と名乗ったのは、若い方。
「――是枝聖也です」
是枝……?
「あなたの従兄弟です」
別に驚くことではない。
母親がいて祖母がいる以上、親戚はいて当然だ。ただ、会ったことがないだけで。
「繋がりとしては――」
「――名刺をいただけますか。出来れば身分証も」
「え? あ、はい」
繋がりなど聞いたところで、事実かなんて確かめようもない。
なにせ、なにも知らないのだから。
聖也と名乗った男は、素直に名刺と運転免許証を差し出した。
名刺と免許証の名前が一致していること、免許証の写真と目の前の男の顔が一致していることを確認し、免許証を返す。
もう一人の男も名刺を出した。
聖也は『株式会社 是枝興産』の専務取締役。
もう一人は天川宏隆といい、弁護士だった。
俺は二人に、名刺を渡さなかった。
「俺は、あなたのお祖母さんの弟の孫に当たります。なので、正確には従兄弟とは少し違うのですが――」
「――どういったご用件でしょうか」
祖母さんの弟とは、家を出た時に喚いていた男だろうか。
そうだとしてもどうでも良いことだと思い、何も聞かなかった。
俺の、あまりにも素っ気ないというか失礼な態度に困惑気味ではあるようだが、聖也は嫌な表情はせずに続けた。
「入院しているお祖母さんが――。あ、私にとっては実の祖母ではありませんが、そう呼んでいまして。そのお祖母さんが重篤な症状にあり、あなたに会いたがっています」
「気のせいじゃないですか?」
「え?」
「あの人が俺に会いたがっているなんて、有り得ませんよ」
自分でも驚くほど低く冷たい声が出た。
家を出て十年ほど経ち、その間一度も会っていないどころか全く連絡を取っていないにもかかわらず、最後に会った時の祖母の無表情を鮮明に思い出したからだ。
「本当です」と、ようやく声を発したのは、弁護士。
「私は是枝興産の顧問弁護士であり、あなたのお祖母様である是枝光代さんの弁護士でもあります。お会いしたことはありませんが、あなたのことはあなたが生まれる前から存じております」
「厄介な子供をどう処分すべきかでも相談されましたか」
「厄介だなんて! 光代さんは――」
「――とにかく。十年も前に出て行けと金を渡されて、縁は切ったつもりです。財産放棄の書類なんかが必要なら喜んでサインしますので、お持ちください。では」
俺は椿の手を引いて、歩き出す。
マンションはすぐそこだ。
「ひょ、彪? いいんですか? あの――」
「――待ってください! 本当に、お祖母さんがあなたに会いたいと言ったんです! いや、会わなければ、と。医者からは年を越せるかわからないと言われています。時間がないんです!」
静かな夜道に、聖也の声が響く。
聖也の必死の訴えを聞いて、俺は思った。
この男はきっと、大事に、可愛がられて育ったのだろう。
実際には祖母の姉という近いんだか遠いんだかわからない関係にあるにもかかわらず、お祖母さんと呼んで最期の願いを叶えたいと思うほど、愛されていたのだと思う。
実の孫である俺とは、目も合わせなかったくせに――!
俺は三歩進んで足を止め、振り返った。
「弁護士さんは俺のことを知っているんですよね? ならば、俺があの人に会いたくない理由もご存じでしょう」
「……ええ」
「因みに、従兄弟殿は?」
「知りません」と、天川弁護士は言った。
言葉通り、聖也は何のことかわからない様子で弁護士の顔を見ている。
「教えてあげたらここに来る手間が省けたでしょうに」
「……っ」
俺は再び歩き出した。
椿の足取りが重いから、彼女の肩を抱いて強引に歩かせた。
家に着くまで、彼女の肩を抱いていた。
家に着いたら、彼女の身体を抱き締めた。
「なんで今更……」
無意識に零れた言葉に、椿は何も聞かなかった。