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彪は以前、『飾る家族写真がない』と言っていた。『親に捨てられた』とも。
『母方の祖母に育てられたけれど、一緒に食事をしたこともない。疎まれて憎まれていたから。大学を卒業して家を出る時に、二度と顔を見せるなって、手切れ金を渡された』
そのお祖母さんが、彪に会いたがっている。
「考え事?」
「えっ……? あ……っん」
罰を与えるように、彪が私の弱いトコロを執拗に舐める。
「余裕だな。それとも、飽きてきた?」
「そんなわけ――っ! はっ……ん」
膣内を指で掻き混ぜられ、膨らむ蕾をジュッと吸い上げられれば、堪らず腰が浮く。
「あっ、ああっん!」
恥ずかしくて堪らない嬌声を押さえる余裕もない。
「ひょ――」
「――もっと感じて」
従兄弟という男性が会いに来た後、マンションに戻った彪は何も言わず私を抱いた。
私は彼を受け入れ、抱きしめた。
それで、彼の気持ちが落ち着くならと思ったのだが、ふっと気持ちが逸れたことに気づかれ、再び攻められることになってしまった。
「後で話すから、今は俺を感じてて」
泣いているかと思った。
けれど、泣いていたのは私。
彪に抱かれる度に、泣いてしまう。
こんなに大切にされたことなんてない。
毎日の生活で精いっぱいで、一人が寂しいだなんて感情も忘れていた。
だから、彪に愛されて、抱かれて、嬉しいのに怖くなる。
この幸せがずっと続くのだろうかと。
でも今日の涙は違う。
彪が苦しそうだから、私も苦しくなった。
「前にも少し話したけど――」と、シャワーの後で彪が話し出した。
「――俺の母親は、未婚で俺を産んで、捨てて、俺の父親ではない男と結婚したんだ。記憶にある限り、俺は母親に会ったことがなくて、何人かいる家政婦に育てられた」
「家政婦……」
家政婦を何人も雇うなんて、お金持ちなのだろう。が、ベビーシッターなどではなく、家政婦に世話をさせるなんて、あるだろうか。
「母親というよりは祖母に近い年の人たちに世話をされて育ち、自分の世話ができる年になった頃には、一人で離れで暮らしていた。家政婦たちは俺に優しかったけれど、小学校を卒業するころにはみんな退職して――」
彪がひとりぼっちでいた頃、私にはまだ両親がいて、慎ましやかながらも幸せに暮らしていた。
朝と夜は一緒に食事をして、テレビを見て笑い、休みの日には三人で動物園や水族館にも行った。
その頃を思い出すと、懐かしさや寂しさが込み上げてくるけれど、彪にはその感情を持つほどの思い出がない。
淡々と話す彼を見ていたら、泣けてきた。
「――で、大学を卒業する時に金を渡されて、家を出て、それっきり。今まで一度も帰ってないし、祖母さんにも会ってない。ま、あの家を『帰る場所』だなんて思ったこともないしな」
「お母さんのことは聞かなかったんですか?」
「聞いたことはあるけど、無視されるか、どうしようもない子だとしか言われなかった」
「探そう……とはしなか――ったん――」
「――なんで椿が泣いてんだよ?」
堪えきれなくなって涙が溢れ、喉の奥が熱くなる。
「だって……、そんな……」
自分も複雑な環境で育ってきたと思う。
両親を早くに亡くし、初めて会う祖父母に引き取られ、死に際に実の孫じゃないと知らされた。
それでも、私は常に誰かに守られてきて、倫太朗という友人もいた。
けれど、彪は独りだった。
それが、悲しくて悔しい。
私は、彪の肩を抱いた。
「椿から抱きついてくれんの、初めてじゃないか?」と、彪の手が私の腰を抱く。
「私がいます」
「ん?」
「私はずっと、一緒にいます」
「ん……」
「彪はもう、独りじゃありません!」
決意表明みたいで、雰囲気もなにもないけれど、涙を堪えて言える精いっぱいだった。
「ありがとう、椿」
彪は泣いていない。
泣くほど、お祖母さんに情がないのかもしれない。
それがまた、悲しかった。
ベッドで二人、抱き合ったまま、眠るわけでもなく、お互いの体温と鼓動だけを感じていた。
窓の外では、静かに雪が降り積もる微かな音が聞こえる。
実際には音なんてしないのかもしれない。
静かすぎて錯覚しただけかもしれない。
「彪は……お祖母さんには会わない……の?」
「会いたいと思わないからな」
「最期なのに?」
「最期だから、恨み言なんて言いたくない」
「会えば恨み言を言われると、お祖母さんもわかってるんじゃない?」
「……」
彪の言うように、お祖母さんが彪に無関心であるなら、なぜ今更会いたいなどと言ったのだろう。
彪が思うように、お祖母さんが本当に孫に対して無関心ならば、そんなことは思わなかったと思う。
『会わなければ』と言っていたと、従兄弟と言う人は言っていた。
すーっと穏やかな寝息が聞こえ、彪が眠れたことに安心した。
顎を上げ、彼の鎖骨にキスをする。
心穏やかではいられないほど、彪には傷となっているのだろう。
けれど、私はなぜか、彪はお祖母さんに会うべきだと思った。
弁護士さんは、お祖母さんが彪を厄介だとは思っていないようなことも言っていた。
私は、両親の駆け落ちについて、祖父母に聞けなかった。
最初に聞いた時の、祖父母の反応で、聞いてはいけないのだと察したからだ。
けれど、聞かなかったせいで、死期を前にした祖母の言葉に長く囚われることになった。
今となっては、自分が何者なのか知る術もない。
けれど、彪にはまだ時間と機会がある。
彪の出生について知っているお祖母さんがいて、弁護士さんもいる。
望めばお母さんにも会えるかもしれない。
お父さんにだって。
けれど、もっと彪を苦しめることになるかもしれない……。
彪には、後悔して欲しくない。
私は彼の頬に掌を添えた。
「私がいます……」
目を閉じ、彼に呼吸を合わせて、私は眠りについた。