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馬車の中での、あの熱に浮かされたような衝撃的な出来事から数日が経過した。
「……やっぱり、私に魅力がないのかな」
鏡の前で、何度目か分からないため息をつく。
映し出された自分の姿を眺めては、自信を削り取られるような思いだった。
いくら献身的に尽くしても、勇気を出した夜のお誘いはいつも断られてしまう。
この前は、とうとう「汚したくないんだ」と言われた。
あれはきっと、私を抱いてまで自分の服を汚すのが嫌ということなのだろうか。
シュタルク様がそんなに潔癖だなんて知らなかったけど
私に欠けているのは、きっと妻としての「格好」だけではない。
私の「尽くし方」そのものが、彼の望むものから大きくズレているのではないだろうか。
もっと彼の心の一番深いところに寄り添うような、家庭的な温かさ……それこそが今の私に必要なのかもしれない。
私は一縷の望みをかけて、古くから屋敷に仕える年配の侍女に相談を持ちかけた。
「シュタルク様が真に安らげるもの……ですか。それはやはり、奥様が心を込めて作られた、温かな家庭料理ではないでしょうか…?」
その助言は、暗闇を彷徨っていた私の心にパッと光を灯した。
そうだ、胃袋を掴むという言葉もある。
公爵邸の完璧な料理も良いけれど、私の手作りならきっと彼の緊張も解けるはずだ。
「それだわ!それならきっとシュタルク様も喜んでくれるはず…!」
私はすぐに慣れないエプロンをきつく締め、厨房へと向かった。
公爵夫人自らが立ち入ることに戸惑い、右往左往する料理長に何度も頭を下げ
シュタルク様が何よりも好んでいる「仔羊の香草焼き」の作り方を一から教わることにした。
重い鉄のフライパン、パチパチとはぜる熱い油。
火加減に苦戦し、慣れない包丁さばきで指先を切り、熱を帯びた蒸気で小さな火傷を作りながらも
私は立ち止まらなかった。
ただ、彼がひと口食べて
ふっと表情を緩めてくれる瞬間だけを支えに、懸命に調理を続けた。
夕暮れ時、廊下に長い影が伸びる頃。
出来立ての料理と、彼の好みに合わせて淹れたてのコーヒーを銀のトレイに乗せて
私は緊張に震える足で執務室の前に立った。
「……シュタルク様、メリッサです。差し入れをお持ちしたのですが…入ってもいいですか?」
重苦しい沈黙の後
中から短く、許可を与える低い声が下りる。
重厚な扉を押し開けると
そこには相変わらず膨大な書類の山に埋もれ、眉間に深い皺を刻んだシュタルク様が座っていた。
「……わざわざ済まない。そこに置いておいてくれ」
彼はペンを動かす手を止めず、顔を上げようともしない。
その徹底した冷淡さに
胸の奥がギュッと雑巾を絞るように締め付けられ、息が苦しくなる。
私はトレイをデスクの端に置いた。
香ばしいお肉とハーブの香りが、殺風景な部屋の中に広がっていく。
「あの……!これ、私が一から作ったんです。だから、今少しでも召し上がっていただけたらと思って……」