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日本を代表する大企業、平石財閥を束ねる平石家に居候を始めてちょうど一年。

季節は巡ってもうすぐ秋を迎えようとする9月。

この家の長男平石遥と偶然知り合ったことをきっかけに、この家に居候をすることになった私小川萌夏はいつもと変わらない朝を迎えていた。


「萌夏ちゃん、ここはいいから自分の準備をなさい」

朝食の手伝いをする私を、お母様が気使ってくださる。


たまたま今日は、長い夏休みを終えた私が久しぶりに大学向かう日。

留年や休学をしたせいでみんなよりも2年ほど遅れたけれど、順調にいけばあと半年で大学卒業となる予定。


「大丈夫です、まだ時間がありますから」


平石家は超お金持ちで、日本で知らない人はいないんじゃないかってくらいの名家。

当然お手伝いさんもいて、食事だってお母様や私が用意する必要はない。

しかし「この家の主婦は私だから」というお母様のこだわりで、食事の一部には毎回お母様やおばあさまの手作りの品が並ぶ。

だからってわけでもないけれど、私も家にいるときには料理をさせてもらう。

もともと家政学部に行くくらいだから料理は好きだし、何よりも私が作ったものを遥をはじめ家族皆さんが喜んで食べてくれるのがうれしい。


「今日はフルーツサラダを作りました」


お味噌汁や焼き魚はお手伝いさんが作っていたし、お母様はオムレツを作ってらしたから、私はサラダにしてみた。


「まあ、美味しそうね」

「冷蔵庫にフルーツがたくさんありましたから、ヨーグルトとマヨネーズをあえました」

最近疲れ気味で朝食の進まない遥でもこれなら食べられると思って作った。


「さっぱりして食べやすいわね」

中に入れたきゅうりを一口つまんで、お母様もウンウンと頷いている。


「おはよう」


あ、遥。


***


「パンにする?ごはん?」

いつものようにお母様が遥に聞く。


平石家ではパン食のお父様とごはん食のおじいさまのために両方の用意がされる。

遥はその日によってまちまちだけれど、


「卵とサラダでいいよ。あ、オレンジジュースちょうだい」

やはり食欲のなさそうな遥は、お手伝いさんにオレンジジュースをリクエスト。


この春から平石財閥のグループ企業の一つである平石建設の専務に就任した遥。

学生時代から外部役員として関わってきたとはいえ入社二年目にしては異例の人事で、もちろんプレッシャーも半端じゃないはず。

そのせいかどうかはわからないけれど、最近は仕事が忙しく帰りも遅くてすごく疲れた顔をしている。

倒れなければいいけれど、心配だな。


「野菜スープでも作ろうか?おにぎり食べれそうなら作るけれど?」

少しでも食べてほしくてしつこく聞いてしまう。


「いいよ、萌夏も今日から大学だろ。俺はいいから自分のことをしろよ」

「うん、でも」

遥の体が心配だから。


「母さん、萌夏が準備できるように気を使ってやってよ」

「え、ちょっと、遥」

思わず声が大きくなった。


「あら、ごめんなさいね。ほら萌夏ちゃん、ここはいいから支度なさい」


ニコニコと笑いながらお母様は言ってくださるけれど、

ギロッ。

私は遥を睨んでしまった。


***


「もう、遥。何でお母様にあんなこと言うのよ」


遥が部屋に戻ったのを見計らって、ノックもせずにドアを開けた。


「ノック」

「はあ?」

「いきなり入ってくる方がマナー違反だろ?」

「・・・」


トン、トン。

わざとらしくドアを叩いて見せる。


「今更?」

どうやら今日の遥は機嫌が悪いらしい。


それでも、私にだって言いたいことはある。

この家の居候としてお世話になっているからには、それなりに気も使う。

ましてや、私と遥がつきあっていることをお母様はじめ平石家の皆さんがご存じなわけで、それなのに遥ったらあんなこと言うから。


「お母様は普段からずいぶん気を使ってくださっているし、今日だって『ここはいいから支度をなさい』って言ってもらっていたの。それでも手伝っていたのは私の勝手で、なのにあんな言い方したら、お母様に申し訳ないじゃない」

「じゃあ、初めから素直に自分の支度をすればいいだろう。萌夏は気を使いすぎなんだよ」

「それは・・・」


確かに、そうかもしれない。

よそ様のお家に居候する以上気は使う。

でもそれは自分で望んでしていることであって、苦にはならない。

今の生活も幸せだとも感じているし。

それよりも気になるのは、遥の機嫌の悪さ。これは、何かありそう。


***


普段から、遥は口数の多い方じゃない。

いつも周囲から注目されて生きてきた分、常に気を張っていて発言には慎重になるんだろうと思う。

あまりストレートに感情を出さないのも、育った環境を思えば納得できる。

そんな遥をかわいいとさえ思っているけれど、今の遥はおかしい。

第一、お母様にあんなこと言うのは遥らしくない。


「ねえ遥、どうしたの?」

何かあったとしか思えない。


「別に」

プイと視線をそらした遥。


嘘。

そんなはずはない。


「今日の遥おかしいよ。何かあるなら言って」


仕事上責任のある立場にあることは理解しているから、私で役に立つことなんてたかが知れているんだろうと思う。

愚痴を聞いてあげることしかできないけれど、少しでも遥の負担を軽減したい。


「じゃあ聞くけれど、萌夏は昨日バイトだったんじゃないのか?」

「え?」

「バイトだから遅くなるって出かけたよな?」

「ぅ、うん」

確かに、ベーカリーでのバイトだった。

でも、


「もしかして、何か聞いたの?」

「聞かれて悪いことでもあるのか?」

「いや、そういうわけでは・・・」


困ったなあ。

遥の不機嫌の原因はどうやら私らしい。


***


「ごめん。嘘をついたつもりはないの。ただ言う必要もないかなあと」

純粋にそう思っただけ。


昨日は店が閉まった後でバイト仲間数人で飲みに出かけた。

遥に話そうかと思ったけれど、最近特に忙しそうで疲れた表情の遥に余計な心配をかける必要もないと黙っていた。


「ずいぶん楽しそうじゃないか」

そう言って差し出された携帯に写し出された写真。


「嘘」


そこには酔っぱらいじゃれあう若者の姿。

そして、その中には私も映っている。

昨日は夏休みだけの短期バイトに入っていた子にとってバイトの最終日で、その送別も兼ねた飲み会だった。

私はこれからもバイトを続けるけれど大半は昨日が最後で、これでもう会えないんだなとみんないつも以上に飲んでいた。

私自身も少し飲みすぎてしまった自覚がある。


「こういうものをSNSに上げられること自体が問題だろう?どこで誰が見ているかわからないんだぞ」

「・・・ごめんなさい」


遥の言うことはもっともだ。

世間から注目されることの多い平石家。たとえ居候でもそこに住んでいるからにはもう少し用心すべきだったのかもしれない。

叱られるようなことをした自分が悪いんだろうとも思う。

でも・・・

私は口ではごめんなさいと言いながら、唇をとがらせたまま下を向いた。


「ずいぶん不満そうだな?」

追い打ちをかけるような遥の言葉。


「そんなこと・・・」

ある。


この時、叱られているはずの私も怒っていた。


***


遥が手にする携帯の写真には、数人の女の子を囲むように男の子が写っていて、それぞれの距離もかなり近い。

近いというより密接していると言っていいくらい。

私の隣の男の子は肩に手を回しているし、反対の子とは腕がくっついている。

決して卑猥な印象ではないけれど、体が触れていることに違いはない。


「いくらなんでも羽目を外しすぎだろう。その上ネットにアップまでされて」

「それは・・・ごめんなさい」


昨日私がとった軽率な行動に対しては謝るしかない。

いくら学生とはいえ大人としての自覚が足りなかったと思う。

でも、私にも不満はある。


「ねえ、遥は何に対して怒っているの?」

我慢できなくて口にした。


「はあ?」

何を言っているんだと睨みつける遥。


もし私が逆の立場なら、知らない異性とじゃれあっていたことを怒ると思う。

「この女は誰なのよ」と詰め寄るだろう。

間違っても、「こんな写真をアップされるなんて自覚が足りないのよ」なんてことは言わない。

平石を名乗る責任は重いけれど、それ以前に私たちは恋人で愛し合っている。

そのことが遥にはわかっていない。


「はぁー、もういいわ」

「もういいって、どういう意味だよ」

「とにかく、昨日はごめんなさい。これから気を付けます。私、大学の準備があるから行くわ」


「お、おいっ」


背中から聞こえる遥の声は無視して、私は部屋を出た。


***


悪いのは私。

そんなことはわかっている。

でも頭に来て、逃げるように平石邸を飛び出した。


遥が器用な人間でないのは百も承知だ。

歯が浮くようなセリフを言ってもらおうとも思わないし、お金持ちの御曹司だからって贅沢させてもらいたいわけではない。

でも、少しは妬いてほしかった。


「なんか、バカみたい」

自分の不機嫌の原因にたどり着き、がっくりと肩を落とした。


平石家に住むようになって一年。

一人でないことにも、遥がそばにいる生活にも慣れてしまった。

幸せが当たり前になりすぎて、つい欲が出てしまったみたい。


「すみません、お嬢さん」


考え事をしながら歩いていると、急に後ろから声をかけられた。


え?

慌てて振り返ると初老の男性が一人立っていた。


「何か?」


見覚えのある顔ではないし、この近所に知り合いもいないはず。


「どうやら道に迷ったようでして、ここへ行く道を教えていただきたいのですが」

そう言って差し出された携帯。

「えっと、私もこのあたりには詳しくないのですが・・・」

言いながらも男性に近づき携帯を覗き込む。


その時、

後ろから人の気配。


あっ。

声を上げるよりも早く口に当てられたハンカチ。


次の瞬間目の前がかすんで、私は意識を手放した。

好きになってもいいですか? ~訳あり王子様は彼女の心を射止めたい~

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