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「……でも、根治させるほど強い力じゃないので、お家でゆっくり休んでくださいね」
「お前の、おかげか……。礼を言う」
初めて聞く、冷ややかさのない柔らかな声音。
その響きに、心臓がトクンと小さく跳ねた。
「あの……もしよろしければ、お家までお送りしましょうか? 差し支えなければ、場所を教えていただければ……」
私が申し出ると、彼は僅かに瞳を細め、ためらった後に口を開いた。
「……なら、宮殿まで頼めるか。俺の名は、アイゼン=フォン=ヴァイス」
「アイゼン、さん……? え、宮殿……。ヴァイスって、まさか、帝国の……?」
「ああ。この国の皇帝を務めている者だ」
「……っ!!!!!???」
落雷が脳天を直撃したような衝撃。
全身の血が逆流し、視界が白む。
(ちょ、ちょっと待って! 皇帝陛下!? 帝国の頂点!? そんな人が、なんであんな路地裏で死にかけてたの!?)
喉が完全に干上がって、声が出ない。
脳内の私が「落ち着きなさい!」と叫んでいるけれど、体は金縛りにあったように動かない。
そもそも王族どころか
まともな社交界の知識すらない私が、よりによって皇帝陛下を肩を貸して運んでしまったなんて……。
「……大丈夫か? 妙な顔をしているぞ」
硬直した私を見て、アイゼン様が不思議そうに首を傾げた。
その仕草すら絵画のように美しい。
「だ、大丈夫です! い、いえ、大丈夫じゃありません! すみません! 皇帝陛下とは知らずに、馴れ馴れしく肩なんて貸してしまって……!」
(あああ、もうパニックで何を言ってるのかわからない……!)
私は震える手でスカートの裾をぎゅっと握りしめ、必死に深呼吸をした。
そんな私を、彼は少しだけ口角を上げて、穏やかに見つめている。
「構わん。それより礼がしたい。場所は案内するから着いてきてくれ」
「は、はい…!」
彼が立ち上がる動きは流麗で、先程の衰弱が嘘のように凛々しい。
威風堂々としたその後ろ姿に、私は夢を見ているような心地で続いた。
(本当に体調が戻っているんだ……良かった……)
夕闇が迫り、魔石の街灯が灯り始めた大通りまで、言葉はなく。
けれど、私の胸の中は嵐の後のような静かな高揚感に包まれていた。
(助かったみたいだし…私の力が役に立ったのは嬉しいけど……ああ頭がグルグルする……!)
でも不思議と怖くはなかった。
ただ「人を助けられてよかった」という安堵が一番大きくて。
「なあ」
不意に、前を行くアイゼン様が立ち止まり、振り返った。
夕陽の残光が、彼の美しい銀髪を黄金色に染め上げる。
「お前の名は?」
「……っ、へぁ?! あ、はい! ノエル……ノエルと申します!」
「ノエルか。……覚えておく」
それだけ言って、彼は再び歩き出す。
短い言葉だったけれど、それは私にとって
冷たい実家で一度も得られなかった「肯定」の言葉のように響いた。
雨上がりの澄んだ空気の中、迎えの馬車に乗り込み、宮殿へと向かう。
揺れる車内で隣り合う私たちの間には、まだ不思議な雰囲気があった。