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「落ち着こう。まだ一点だ。追いつくぞ」
拓真さんがチームメイトに視線を走らせる。幸成も「慌てんな。まだ時間はあっからな」と手を叩いている。
ゴールされたボールが、センターサークルの手前で俺に渡される。いつも手にしているボールが重く感じられた。それは失点の重さだった。ゲームプランが崩れた。絶対にゴールを許してはいけなかったのに――俺のファールが失点のきっかけになってしまった。
唇を噛む。顔をあげられない。早くボールをセンターマークに置いてリスタートし点を取らないといけないのに、ボールどころか足まで重く感じられた。俺のプレーが失点を招いた……。気持ちを切り替えろ。頭では分かっているのに、難しかった。
こんな時に瑞奈がいてくれれば。「だいじょーぶ。あたしが点取るから」と肩でも叩いてくれただろう。瑞奈がいれば、相手の堅いディフェンスを個の力で崩せるのに。瑞奈がいれば、瑞奈が……。
「――……! 晴翔っ!」
名前を呼ばれていた。拓真さんだ。振り返るも、拓真さんの顔を直視できなかった。ピッチの芝に視線を落とす。
「まあ、なんだ。晴翔、まずは俺を見ろ」
そう促されるも、なかなか顔をあげることができない。余計に顔を下に向けてしまう。
「いいか」
拓真さんが語気を荒げた。
歯を食いしばる。叱責を受ける覚悟はあった。平手打ちも構わない。ぎゅっと拳を握りしめる。
「はっきりさせておく。失点はおまえのせいではない」
え?
俺の顔が瞬時にあがった。拓真さんをまじまじと見る。拓真さんは俺と目が合うや、目尻を下げた。
「そんなにしょげるな。おまえは前線できちんとプレスをかけた。ファールになったのは相手が役者だっただけだ。問題はその後の対応にあった」
拓真さんはゆっくりと噛みくだくように喋ってくれている。俺の目を見て、俺の心配をほぐすように、まっすぐ俺に向き合ってくれていた。
「ファール判定がくだされた際に気を抜いた。あの時は俺も含めて、チーム全体に集中が切れた雰囲気が漂った。本来ならばすぐにそれを察知して、キャプテンである俺が声がけするべきだった。だから、失点は俺のせいだ」
「いや、そんな」
「晴翔」
いつの間にか朔太郎が拓真さんの隣りにいた。いや、朔太郎だけでなく幸成も俊介も、チームメイトが集まっていた。
「気にしなくていいよ。僕たち全員が集中力を切らしたことが失点に繋がった。むしろ晴翔には高い位置でプレスをかけてもらって、感謝しているんだから」
朔太郎が俺の背に優しく手を置く。
幸成が「何だ、晴翔。別に気にする必要ねえだろ」と豪快に笑った。それを機に、チームメイトが「よし取り返すぞ!」「集中だ」「逆転すんぞ、まだ時間はある」と気炎を吐き、お互いに決意を漲らせた目を交わし合う。
「晴翔、こんなとこで負けたら」
拓真さんが立ち位置を変え、くい、と親指で背後を指し示す。
「あいつにぶっ殺されるぞ」
拓真さんが指し示す先には、逆立った目をしている川南澪が立っていた。
「あいつが決勝で俺たちとやりたがっているのは知っている」拓真さんが苦笑いする。「負けられない戦いなんだよ。瑞奈のためにもな」
その言葉でチームメイトの心に火がついたようだった。
「そうだ。瑞奈のためにも負けられねえよ」「負けたら瑞奈に怒られるじゃん」「瑞奈がいないから負けたとか言われたくねぇ」
みんな、瑞奈は……、瑞奈は……。
「晴翔」
拓真さんが落ち着いた声で俺の名前を呼ぶ。「今は、集中しろ。目の前のことに集中だ。勝つためにはおまえのゴールが必要なんだ。狙え。積極的にシュートしろ」力強く背を叩かれる。
幸成がチームメイト全員に届くように、いや、ここにはいない瑞奈にも届くぐらいの声量で叫んだ。「俺たちは強い。こんなとこで負けられねえんだよ!」
おうっ!
野太い声が真夏の空を揺さぶった。俺の中で何かが吹っ切れた気がした。
みんな、ありがとう。俺はチームメイトをゆっくりと見回す。チームメイトもお互いの目を見て頷きあった。
ぴ、と審判が短く笛を吹き、試合を再開することを告げた。もうボールは重くなかった。前を向く。ゴールまでの距離が近くなった、気がした。