「本当に傷が残らなくて良かった」
「リースが手配してくれた魔道士達のおかげでね。あれだけ深い火傷おったのに、傷一つ残らないなんて、矢っ張り魔法って便利だね」
「そうだな……エトワールの綺麗な身体に傷が残ったりでもしたら……」
「何か、意味深に聞えてしまう私って、大分頭やられてる?」
ルクス誘拐事件後、大やけどを負った私はすぐに皇宮に運ばれて、皇宮の魔道士達の治療を受けた。聖女の身体は他の人より頑丈で治りが早いこともあって、二三日で体力まで全回復し、今にいたる。
リースも私達が事件に首を突っ込んで言える間、戦場での戦いを済ませ帰ってきたらしい。帰ってきたリースはすごい凝相で皇宮の魔道士達を脅して私の治療にあてさせた。疲れているだろうに、報告書も書かないといけないだろうに、私の側につきっきりだったらしい。まあ、疲れているのは休めば良いとして、報告書はリースの仕事だろう。それを、ルーメンさんに押しつけてきたとケロッとした顔で言ったリースを見て、ルーメンさんの苦労が伺えた。それに対して、私はきつく叱ったが全く響いていないようだった。
まあ、でも前よりかはリースは感情にまかせて動かなくなったというか、憑き物が落ちたみたいに穏やかになった。私に対して過激なところはあるが、それでも前よりかは大分落ち着いたようだ。感情にまかせて動いて、私も自分も傷ついたことがあってリースも学習したのだろう。
「それはそうと、あのメイドはどうなったんだ?」
「ああ、ヒカリのこと?」
私は、すぐに皇宮に運ばれたからそこまで詳しいことは知らないし、別れ際には、ルクスもルフレも意識を取り戻していたためチラッと聞いた話では、ヒカリの処分はルクスが決めるらしい。きっとそのままダズリング伯爵家に引き渡せば、処分は免れないだろうし、命は無いものだと思っていたが、ルクスが「ヒカリは自分たちにとって必要だから」と意見したため、最悪の事態は免れた。それでも、伯爵家の長男を誘拐した事実は変わらず、ヘウンデウン教との繋がりもこれから尋問されるそうで、まだ解放にはいたっていないらしい。
アルバとグランツも代わる代わる見に来てくれていたが、アルバに関しては心配しすぎて泣き散らかしていたため出禁になった。まあ、私が後から言い聞かせてどうにかするけれど、グランツに対しては何も言わず私の側にいただけらしい。
リースの時は、部屋に入ることもしなかったが、今回は私の側に来て私の状態を確認しにきているところ、少しだけ前みたいなグランツに戻りつつあるのかも知れない。
ともあれ、一応事件は解決したわけだ。
ちらりとリースを見れば、そのルビーの瞳と目が合った。
「どうした? まだ、痛むか?」
「ああああ、うん、何でもない! 何でもないの!」
久しぶりの推しの顔に見惚れていましたとかは言えない。勘違いされる。と、私は顔を逸らした。リースは見たければ見れば良いじゃないかとでも言うように、クスリと笑っていた。そういう顔をするのはずるい。ピコンと音を立てて上がる好感度。120%からどれだけ上がったのかは確認しなくても良いだろう。もう100%を越えているから、リースの好感度はあまり気にしていない。そこまで大幅に下がる事はないだろうと。
(そういえば、今回のクエストでルクスとルフレの好感度は上がったし、他の攻略キャラも50ぐらいはいっているし……)
そこまで考えて、100%になっても、クリアとならないことを私は思いだした。
100%を越えたら、告白が必ず成功すると言うだけで、あちらから告白されてもこのゲームがクリアになる訳ではないのだ。そもそも、クリアしたところで何か。という話にもなるが。
(あっちの世界に戻りたいとかそういう願望もないからな……)
あっちの私が死んだのかもよく分からないが、ここにリース、遥輝がいる以上あっちに帰ったとしても遥輝はいないし、そもそも蛍も死んでるし、と独りぼっちになってしまう事に気がついた。だから、こっちの世界で生涯を終えれればとも思った。
誰と添い遂げるとかはまた別の問題として。
「そうだ、リース。ヘウンデウン教の動きはどうだったの?」
私は思いだしたように、リースに尋ねれば、リースは少し険しい顔になって「そうだな」と唸るように呟く。
「報告に聞いていたほどこの間の戦いは激しくはなかった。俺がきたのを見て引き返したぐらいだしな」
「リースがきて勝ち目がないって思ったんじゃない?」
「いいや、数で言えば俺たちの方が圧倒的に少なかったし、負傷者もいた。あの数なら、俺たちの軍勢がくる前に押し切ればあちら側に勝算はあっただろうに」
と、リースは言う。だが、すぐにその考えを否定するように「数では負けていても、必ず勝って帰ってはきたが」と自信ありげに言った。
「エトワールがいるんだ、生きて必ず帰ってくるに決まっているだろう」
「別に、私そこまで聞いてないんだけど」
私は、褒めて褒めてとでも言わんばかりに私を見るリースを受け流しながら、確かにリースの言うとおりそういう状況であれば、数で押し切るのが正解な気がすると思った。なのに、すぐに引き返して、まるでリースをそこに誘い出す……いいや、私達と分断させるような策を取ったのは何故か。
眉間に皺を寄せていると、リースが私の額を優しくこついた。
「そんな難しい顔をするな。可愛い顔が台無しだぞ?」
「かわ、可愛い……ぴぎゃ!」
そんな気持ち悪い反応をしてしまって、私は思わず口を覆った。
何て醜態。
リースはそんな私を見て、楽しそうに笑っていたが、元はと言えばリースがそんな可笑しなことを言うのが間違っていると思った。全く、人タラシ、イケメン、最高の推し(顔面だけ!)と心の中で文句を言いつつ、改めてリースと向き合う。リースも、先ほどの話しに戻って、「エトワールも可笑しいと思うだろ?」と私に意見を求めてきた。
「ヒカリがヘウンデウン教と繋がっていたってのもあったけど、あの子は頭で考えるようなタイプじゃない。頭は良いのは分かったけど、こういう作戦的なのは向いてなさそう……だから――――」
「裏で作戦を立てている黒幕がいると」
「多分」
私が頷くと、リースも同感だというように頷いた。
「その可能性が高いな……ヘウンデウン教には幹部と言われる奴らが何人かいるようだし、そいつらの一人が考えたのだろう」
「一人って心当たりあるの?」
「いや、風の噂だ。何でも頭のきれる奴がいるとか」
そうリースは言うと、厄介だなと言わんばかりに溜息を吐いた。
ヘウンデウン教の上層部には、頭が切れる者がいる。それは、ゲームの中では出てこなかった情報だ。そもそも、ヘウンデウン教の存在は、ヒロインストーリーではあまり深く触れられていなかったし、混沌との大きな決戦しか画かれていなかった。エトワールストーリーはどうかはしらないが、私が主人公であるなら、そういうルートを辿っているのかも知れないとも考える。まあいずれにせよ、私達が思っている以上に敵は多いのかもしれない。
そうして、私はリースに抱き寄せられると、そのまま頭を撫でられる。
「い、いきなり何!?」
「俺が撫でたくなっただけだ」
「やめてよ、心臓に悪い!」
ドキドキしてしまうじゃないかと、リースの胸を押し返すもびくりともしない。
(ああ、もう――――ッ! 勘弁して!)
病み上がりに、推しに撫でられ抱きしめられてまたぶり返しそうだと思った。それでも、中身が遥輝、中身が遥輝と言い聞かせて何とか正気を保つ。もう正直、遥輝でもリースでも良いが、顔の言いイケメンにこういうことをされると死にそうになる。
そう思いながら、リースの胸に顔を押し付けて、暫くの間大人しくしていた。
「どうした? 抵抗しないのか?」
「疲れたからしないだけ」
「そうか、てっきり俺に身を委ねてくれているのかと思った」
「は、はああ!? な、なわけないでしょ、そんな……てか、どさくさに紛れて彼氏面するのやめて! 友達って言ったじゃん、友達って!」
私は、そう言いながら少し緩んだリースの腕からするりと身体を抜けさせ、布団を引き寄せくるまった。
リースはそれを見て「すまない」と謝ってきたが、全然謝罪の心がこもっていない。
「エトワールに会えて嬉しいんだ。触れられるのも、本当に凄く幸せで」
「………」
「嫌なら、嫌だといってくれ」
その言い方はあまりにもずるかった。
私も、たった数日会っていないだけでこんなに会いたいと思ってしまうのかと自分で自分が信じられなかった。
確かにあっちにいた頃は毎日のように会っていたし、隣にいることが多かったから、それが普通になっていたけれど、今や、皇太子と聖女だそう簡単に会える存在ではない。というか頻繁に会っていたら、政務は如何した! って話になる。
私は、それでも結局拒めなかった。
嫌いではないから。
そんな風に黙っていると、リースは何かを思い出したかのように、私の名前を呼んだ。今度は何かと顔を上げれば、凄くキラキラと顔を輝かせたリースの顔がドアップで映る。
「デートをしないか?」
「は?」
その言葉は予想外すぎて、一周まわっても理解が出来なかった。
リースはルビーの瞳を爛々と輝かせ私を見ている。
「で、デート?」
「ああ、デートだ」
「なんで? 誰と?」
「俺と」
そう言って、リースはベッドの上にいる私の手を取ると、自分の頬に当ててすり寄った。そして、甘えた声で、まるで猫がゴロゴロと喉を鳴らすような声音でこう告げたのだ。
――エトワールと、デートがしたい。
そう言われた瞬間、身体が一瞬にして熱くなったが冷静に考えてみれば、本当に此奴は頭がどうかしていると、全力で自分の頭を横に振った。
(何考えてるの!? 今の状況で、私も病み上がりだって言うのに!?)
身体は大丈夫かと言いつつ、自分の欲求を叶えようとしてくるところを見ると、吹っ切れすぎた遥輝だなと思った。強引なところは変わらない。いつもなら、推しの笑顔に負けてはい。と言っていそうなところだが、今回はそうはいかない。
「なんで今なの。ヘウンデウン教の侵攻も激しくなって、リースだってまたいつ呼び出し喰らうか分からないのに」
「だからだ」
「話し聞いてる?」
どうにも話が噛み合わず、私は頭を抱えた。こんなに阿呆だったかと、学年上位の成績をキープし続けた彼はこんなんだったかと本当に頭が痛くなった。
デート……お出かけはしたいが、そんなことをしている場合ではないと私も彼もよく分かっているはずなのに。
リースは私の手を取ってダメか? と再度尋ねてくる。
(だから、その顔やめてよ……何でも許したくなっちゃう)
私はその手を握り返して、分かったよと言えばリースは嬉しそうに笑みを浮かべた。
ああ、やっぱりダメだなあと思う。この顔に弱い。
「あ、あ、でも! これはデートじゃないから!」
「いや、デートだろ。男女が二人きりで出かけるなんて、歴としたデートだろ」
「ド偏見! というか、私達友達って言ったよね!? 今度、デートって言ったらもう二度と一緒に出かけてあげないんだから!」
そうきっぱり言えば、リースは何処か不満そうに「エトワールがいうなら」と本当に渋々といった感じで承諾した。
そんなリースを見ていたら、もう残っていないはずの傷がじくんと痛んだ気がした。
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