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アイリスディーナを格納庫に収まめ後、整備室に足を向けた。 身体が鉛のように重かった。
「――あの、お疲れ様です」
エーゼ・ロワンは複雑な笑みを湛えて出迎える。不機嫌な鈴夢に対してのささやかな礼節だった。
「……お待ちかねです」
「……何がですか?」
エーゼが指を指した方向に目をやる。演習場に続く扉にひとつの影。アイリスディーナは目を凝らす。 夕陽を背に千香留が立っていた。
千香留はつかつかと歩み寄り義務的に答礼すると、アイリスディーナを真っ正面から睨み付けた。
アイリスディーナは舌打ちしたい気持ちを抑えて敬礼を返す。
睨み合うふたりの殲滅者を、エーゼを始めとする他の殲滅者達は期待と不 安を以て観察していた。彼女達の心中に去来するのは賭けの勝敗と賞金の行方。ある者は 手を止め、ある者は見て見ぬ振りをしながら全体ブリーフィングの一件を知る者は 尚の事、固唾を呑んで事の成り行きを見守っていた。
「本日の結果、少しは恥じていますか。アイリスディーナさん」
「はい」
恥じているのは事実だった。他の連中はこれを白旗と見なすのだろうか。
「最悪です、千香留隊長」
合同テストはアネモネ試験小隊が赤っ恥をかいた形で終了していた。他の小隊の戦果は上々であり、 特に一柳隊は、受け持ち区域のモンスターを一掃する大戦果を挙げた。
アネモネ試験小隊が担当した区域は最後まで防衛線の押し上げができなかった。指揮をするべきアイリスディーナの取りこぼしを小隊全体でフォローする形でなんとか時間いっぱいしのいだものの、その結果はお粗末としか言いようのないものだった。
死亡こそ出さなかったが、それはアイリスディーナの指揮によるものではなく、各々の技量によって拾った結果であった。
アイリスディーナにとって最もダメージが大きいのは、最前線で第一世代の霊子兵装ドミネーターでさえ熱いこなしてきた自分が、 よりによって多くの人間の前で翻弄された事だった。
繰り出した最後の一撃も、体のバランスを崩しただけで終わっていた。
「貴方は当初、新型ドミネーターの挙動に戸惑っていた。全く新しい基本概念であるドミネーターである以上、それはやむを得ません。ですが、Cドミネーターの特性を理解していれば、例えば連続射撃ではなく、散弾を選ぶ事もできた筈です」
千香留は慎重に言葉を選んで語り始めたが、今のアイリスディーナに、その配慮に気付く程の精神的余裕はなかった。
「お言葉ですが」
アイリスディーナは反射的に千香留に反論していた。アイリスディーナに乗った殲滅者達が気配を消して色めき立つ。
「第一世代でも問題なく行えた挙動ですよ」
「そうですか、続けてください」
「新型ドミネーターの主機出力は圧倒的に不足しています。 ピーキーな特性にかみ合ってません。 実戦機動に対応できないドミネーターなんて問題外ですね。私は第二世代のドミネーターも使いましたが、この新型とは別次元で すよ。新型があれでは、直系の発展も期待薄ですね」
新型はノーマルの改悪模造品。アイリスディーナが言いたいのはそれだった。余計な改造を施し 結果、オリジナルのドミネーターが持っていた長所を潰してしまったのだ、と。
「要するに……ドミネーターのせいだと言いたいの?」
「そんなドミネーターを前線に送り出す事こそが問題じゃないですか? 殲滅者の命はタダじゃない」
「試験機とはいっても、前線では既に実戦配備されている」
「酷い話です」
「ですが、他の殲滅者は、貴様が直面した状況より過酷な前線に送り出されても、ドミネーターを上手く使いこなしています」
「信じられません」
「その殲滅者は、貴方が絶賛するノーマル式も同じように使いこなすぞ。つまり、他の殲滅者に比べ、貴方の技量は劣っているという事よ」
「ーーッ!!」
「……ハッキリ言います。貴方は未熟よ」
真っ向から未熟だと断じられ、耐え難い怒りが込み上げて来る。 隊長であろうと、新人という立場がなければ2、3発お見舞いしていた事だろう。
睨み合うふたりが互いの立場も忘れ、決定的なひとことを口から放とうとする――そんな熱気を孕んだ空気に大慌てで涼風を吹き込んだのは、アイリスディーナの傍らで事の次第を見守っていたエーゼ・ロワンだった。
「すみせまん、すみせまん、わかりました、わかりました! おふたりの言い分はよくわかりました。から、この続きはデブリーフィングで。 そろそろ整備、始めたい、なんて」
エーゼ・ロワンがの仲裁に、ハンガー内から一斉に湧くブーイング。賭けの結果が出るか も知れないというのに余計な事をするな、という殲滅者達の抗議だった。 エーゼ・ロワンはぺこぺこしたりしながら定常旋回を繰り返し、同僚達をなだめる。
降り注ぐブーイングの集中豪雨に、千香留とアイリスディーナは我に返った。冷や水を浴びせられ るとは正にこの事であろう。彼女等はドミネーターハンガー中の注目を集めている事を完全に失念していたのだ。
「すみせまん、熱くなりすぎました。失礼します」
千香留は複雑な表情で詫びると、少し頬を赤らめながらくるりと背を向け、歩き始めた。
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