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#怪異
阿炎快空
123
リユ
232
#ダークファンタジー
阿炎快空
82
阿炎快空
111
磯田が神隠しにあったのは、小学六年生の時のことだった。
持久走大会の朝。
昔からひょろっとした見た目だった運動音痴の磯田少年は、登校するのが嫌で嫌でたまらなかった。
自然と、口から重い溜息が漏れる。
「行きたくないなあ……」
田んぼの広がる畦道でぽつりと呟いた、ちょうどその時だった。
「安心しなあ」
キキキキキ——そんな奇妙な笑い声と共に、すぐ背後で、性別不明の甲高い声がした。
心臓が飛び跳ね、足が止まる。
「お前はもう、学校になんざ行かなくていいんだからよお」
磯田は、おそるおそる後ろを振り返った。
そこで何を見たのか——磯田はよく覚えていない。
気がつくと彼は、それまで暮らしていた世界ではない、異界の街に倒れていた。
そこは知識の中にある十九世紀くらいのヨーロッパの街並みによく似ていたが、別にタイムスリップをしたわけではないことはすぐにわかった。
住人が皆、一つの目玉しか持っていなかったからだ。
磯田はすぐに捕まり、やがてサーカスらしき場所へと売り飛ばされた。
言葉も通じない異界で、見世物として過ごす過酷な日々。
しかし数ヶ月後、彼に救いの手が差し伸べられる。
ある晩、いつもの様に檻の中で目を覚ますと、枕元に女が立っていた。
「やあ、少年。初めまして」
鉄格子のはまった窓から差し込む月明かりに照らされたその女は、やけに芝居がかった口調でそう言った。
真っ赤なマントに、真っ赤なシルクハット。
同じく真っ赤なタキシードには、ところどころに金の意匠が施されている。
白い肌に、赤い口紅。
髪はウェーブのかかった金髪で、顔の上半分を、まるで仮面舞踏会にでも出席するかのようなマスクで隠している。
最初は見世物小屋の芸人かとも思ったが、今までこんな女は見たことがなかった。
何より——仮面の目の部分に開いた穴は二つ。
彼女には、目玉が二つ存在した。
女はしぃーっ、と自らの口に指を当てて磯田を黙らせると、彼に通じる言語で囁いた。
「まずは自己紹介をさせてもらおう。私はかつて境の世界を中心に、〝十三人の魔女〟と呼ばれ恐れられていた内の一人だ。当時の名は〝幻影〟の魔女」
「魔女……?」
囁き返した磯田に、ああ、と彼女が微笑みかける。
「しかし、それも遥か昔の話。今は皆から〝座長〟と呼ばれ親しまれているよ。おっと。座長と言っても、君を鞭で脅して言う事を聞かせている、あの愚かで酒臭い生き物なんかと一緒にしないでくれたまえよ?私が率いているのは、こんな劣悪な環境の肥溜めとは全くの別物。闇夜に紛れ、数多の次元を行き交う旅芸人の一座。人呼んで——〝幻影サーカス〟」
彼女は巡業の合間、訪れた世界における異端の存在達の元を回っているらしかった。
「まあ、早い話がヘッドハンティングさ。さて、と」
仮面の穴から、青い瞳が磯田をじいっと見据えた。
「風の噂に、世にも恐ろしい姿の子供が見世物になっていると聞いてやってきたのだが——なるほど。どうやら神隠しで異界に飛ばされてしまったようだね。不憫なことだ」
「ど、どうして、僕が?」
「さあて、この手の怪異に理屈は通じないからねえ。あちらなりの理由があったのかもしれないし、単なる暇つぶしだったのかもしれない。何なら、善意でやった可能性すらある」
まさか——「学校に行きたくない」という僕の願いを叶える為に?
呆然とする磯田に構わず、
「ま、可哀想だが私には関係ない。肝心なのは過去より未来だ」
と座長は続けた。
「二つ目はこの世界においては嫌悪と畏怖の対象だろうが、大半の世界では多数派だ。つまり、私にとっては大した価値はないわけだが——」
「お願いします!ここから助け出してください!何でもします!」
磯田は座長の言葉を遮り、必死に頼みこんだ。
座長はもう一度、しぃーっ、と人差し指を立てて磯田を制した。
「ふうむ、いいだろう。こうして出会ったのも何かの縁。君には裏方として頑張ってもらおうじゃないか。そうと決まれば、善は急げだ」
磯田は、座長に手を引かれて檻から出た。
何故だか鍵は開いていた。
劇場の外に出ると、座長は立ち止まり、
「おっと、忘れるところだった——やはり、花形スターを勝手に連れ去ってしまっては問題だからね。私はこちらの座長殿にご挨拶をしてくるよ。なあに、すぐに終わる。君はここで待っていなさい」
そう言って、一人建物へと戻って行った。
言葉の通り、彼女はすぐに戻ってきた。
「やあやあ、待たせたね。しかし面白い世界だ。奥の檻で眠っていたライオンまで一つ目だったよ」
そう言って笑う彼女の顔は、挨拶の際に何かあったのか——僅かに血で汚れていた。
「あ、あの……一体、何を……?」
「イソダ君、だったか——私は、芸人を不当に扱う様な奴が嫌いでね」
座長は質問に答える代わりに、磯田に悪戯っぽくウインクを返した。
「赤い衣装の良いところは、返り血が目立たないところさ」
磯田がそれ以上何かを言う前に、真紅のマントが磯田を包み——二人の姿は、劇場の前から掻き消えた。
コメント
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【寺島あおいの感想】 「神隠し」第49話、一気に引き込まれました。異界に飛ばされた磯田少年の不安と、赤い衣装の座長が現れる瞬間の鮮やかさが印象的です。「返り血が目立たない」という台詞に彼女のしたたかさと優しさが滲んでいて、とても好きな一文でした。二つ目の存在が特別な世界観も面白く、続きが気になります!